『黒博物館 スプリンガルド』の感想、もしくは単に学芸員さんかわいいぜ、の話

 雪の降る中を、一人で箱根の彫刻の森美術館に行ったことがある。

 美術館と言っても、室内ばかりに作品を展示しているわけではない。広い敷地の中、建物から建物へと移動する間にもオブジェが設置されている。広い芝生などもあるため、美術館というよりは公園という言葉でイメージする方が実際の姿には近い。

 時刻は夕暮れで、閉館時間を待つばかりの館内に人はほとんどいなかった。灰色の空の下、オブジェの設置された道を白い息を吐きながら歩いた。身をよじらせたようなかっこうで静止しているもの、電力を受けてぐるぐる回転しているもの。それらは見る人が誰もいない中で、実に静かに超然としていた。珍しいものを見物するつもりで入館した俺は、かえって自分の方が異物になったような気分で、美術品の並ぶ道を歩いて回った。

 いくつかある建物が、薄闇の中に柔らかい光を落としていた。モディリアーニの彫刻が見たくて、そのうちの一つに入った。階段を上がった2階に訪問者は一人もおらず、職員の女性が一人だけ、展示されたオブジェに囲まれて椅子に腰掛けていた。

 空調の音と自分の呼吸と、そんなものしか聴こえないぐらい静かだった。ほとんど直方体をしたモディリアーニの彫刻は、人の頭部をかたどったブロンズ像で、ごつごつとして冷やっこそうなそれを含めて他の作品を見て回った。職員の女性に「なんでケースに入れられた作品とそうでないものがあるのか」と尋ねると、材質の違い、とのことだった。空気に触れると劣化するものもあるんだそうだ。

 あの女性は監視員だったのか、学芸員だったのか。わからないが、誰も観賞するものがいなくても、ただひとりそこに見守る存在がいるだけで人と物との間に完全な調和が満ちていたあの空間のことを、俺はいまでも思い出す。

 

 

 以下、先日続編となる『黒博物館 ゴーストアンドレディ』が発売されたところなので、「黒博物館」シリーズの第一作について紹介してみる記事。

 最初にきわめて高尚な方向に話の天秤を傾けてみたので(別に傾いてねーか)、あとはひたすら『黒博物館 スプリンガルド』の学芸員さんのかわいさをほめたたえてもなんの問題もない理屈なわけだが。

 まあ、ずっと1000文字ぐらい金髪お団子ヘアの黒ドレス最高だぜって連呼するのもなんなので、申し訳程度のあらすじ紹介を。

 

 ロンドン警視庁の中にあるとされる、犯罪品を展示する博物館。「黒博物館」と呼ばれるこのミュージアムに、ある日一人の刑事が展示品の閲覧にやってきた。

 彼が見ることを望んだのは、かつてロンドンを震撼させた怪人「バネ足ジャック」事件に関する遺留品だ。それは、バネ製の足を持ち口から火を吹くというこの怪人の一部、バネの足そのものだった。そこで、刑事を案内した学芸員は聞かされることになる。かつて刑事が捜査したというこのバネ足ジャック事件の真相を。バネ足ジャックの正体とされる、放蕩貴族・ウォルター卿の物語を…。

 

 謎解きの要素もあるけど、メインは演出の効いたセリフと迫力ある活劇。

 

 言葉の使い方がものすごく健全(特に深い意味はないです)な作家さんだと思う。難しい単語や変わったレトリックはほとんどない。切り取って別のシーンで使ったらそのまま流されてしまいそうななんてことない言葉を、タイミングと見せ方を選んでそこに落とす、ただそのことに注力して輝かせる。

 

 あとアクション。以前、2chまとめサイトを読んでいて、「『遊☆戯☆王』の高橋和希と『NARUTO』の岸本斉史の絵がすげーのは、現実に存在しない怪物を紙に放り込んでデッサンや遠近感を狂わせずに絵として成立させていること」みたいなレスがあった(うろ覚え)。

 そのときは「ふーん」とか思っていたのだが、そういう目線で『黒博物館 スプリンガルド』を読むと、バネの足をびょーんと伸び縮みさせて空中を歩いたりバネの手を伸ばしてモブの雑魚をなぎ払うバネ足男の動きのリアルで説得力のあること。

 現実にこんな姿かたちのやつは当然いない。それがハチャメチャやってるのを違和感なく描くって、よく考えたらすごいよな、って話だった。

 

 あ、書いてたら意外とフツーの感想っぽくなったな。

  でも学芸員さんだけに注目して、話が進むとともにヒートアップしていく彼女を見てニヤニヤするためにだけ本編を追うという人間の腐ったような楽しみ方も可能ですよ。

 

 最初はクールだったのにエキサイトしすぎて最後は涙目になるとかすげーかわいい。立ち読みで読んでたっきりだけど、『からくりサーカス』のしろがねもそんなだったかな?どーだったか。

 

 ちなみに、記事の頭の画像は本作の番外編にあたる『スプリンガルド異聞 マザア・グウス』からです。

 これは、バネ足ジャックの中の人とされるウォルター卿の姪にあたる女の子を主人公とする後日談。藤田和日郎の描く女の子って可愛いね…というのを、学芸員さん以外のとこでも感じられる作品です。あわせておススメロリコンのオッサンを成敗するって話のあらすじ的に、こういう感想もどうかと思うが)。以上。

 

 シリーズ第2弾『ゴーストアンドレディ』についてはこちら(『黒博物館 ゴーストアンドレディ』の感想、もしくは単にフローレンスかわいいぜ、の話 - 惨状と説教)。

 

 

黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)

黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)