惨状と説教

誰か山から降りてきてほたえてから山に帰っていく記事。ブログ

『極楽とんぼの吠え魂』復活に寄せることについて~放送当日編~

 目の前の相手を「こいつ人として終わってんな」といつ思うかというと、ギャンブルで借金があることを知ったときでも家族や恋人に暴力を振るってることを知ったときでもなくて、そいつが自分の笑いのルーツを語り始めたときに思う。

 「俺が面白さを感じるもののルーツは〜〜にあってさ…」。相手がそう口にした瞬間、それがどんなに尊敬している相手であろうと俺の中でなんかのゲージが基準を超えたところに到達し、今すぐお前の真下に深い穴が空いて、落ちて先で地獄の火で焼かれるといいぜ、と思う。

 

 話はがらっと変わるが、高校生から大学生のはじめにかけてtbsラジオの深夜枠をよく聴いていた。

 月曜日の伊集院光、火曜日の爆笑問題とまんべんなく聴いていたんだけど、特に金曜日の極楽とんぼがやっていた『極楽とんぼの吠え魂』という番組の記憶が強く残っている。

 『吠え魂』はおかしな番組で(まあ、どんなラジオ番組もその番組のリスナーからすればおかしいのだろうけど)、山本なんかリスナーが嫌いだと番組内で公言していたし、加藤が番組中になぜか突然マラカスのモノマネを始めたり、悪ふざけ一辺倒かと思いきや学究的な方向にも振れたり、かと思いきや講師として招いたつもりの医者が医者の皮をかぶったただのおっさんだったりなどした(挙げ句の果てにこのおっさんに歌を歌わせて番組のエンディングテーマにする)。

 いま俺が好きな笑いのタイプは、悪ノリとやけくそから生まれるものを面白いと感じるところに落ち着いている。

 その、追い詰められた者、人として拭い去れない薄汚れた部分を抱えた者の逆ギレに面白さを感じる感覚をはっきりと固定させたものは、放送番組としては『吠え魂』であると思ぅ。←これは足元に急に空いた穴に落ちた描写。

 

 その吠え魂が今夜復活する。

 もちろん楽しみは楽しみなのだが、なんか悲しい気持ちもある。それは、番組に一夜限りという前置きがついていて、これが、山本が淫行事件を起こして不完全に終わってしまった番組を介錯する宣告であるかもしれないからである。

 山本が淫行事件を起こしたのは2006年の夏のことで、俺はそれを知ったとき「おいおい、吠え魂どうなんだ?」と思いながらなぜか夕方に外に出て近所を歩きまわったことをまだ覚えている。アホな話だが事実だからしかたがない。

 その後山本自身から釈明する機会はなく、加藤が一人で最後の放送を行って極楽とんぼとしての吠え魂は終わった。

 そんな風に中途半端なところで打ち切られて宙ぶらりんになった吠え魂が、当時の美しい思い出として保存されていたのが、今夜いよいよ本当に終わりを告げるのかもしれない。時計は先に進んで、夢は覚めるのかもしれない、とも思う(おっさん二人のバカ話とお互いの醜い追い込み合いで構成されていた番組に対して俺は何を言っているのか)。

 

 最初に自分で口にした地獄の火にじりじり自分自身が焼かれていて、うるせえカンケーねえ、俺はまだこの番組について語りたいことがあるんだ。でも、それは今夜の放送を受けての後日の記事に回す。とりあえず10年分のタメがきいた喧嘩コント頼むぞ。以前学園祭で山本が下半身出したときの放送の比じゃないやつ。頼む。

  まあ翌日は仕事でもあるので、これから仮眠しつつ番組を待ちたいと思います。(おわり)