惨状と説教

誰か山から降りてきてほたえてから山に帰っていく記事。ブログ

『ジョジョリオン』の悪口を言うコーナーについて

 ジャンルに限らず、とかく世間で名作とされているものの悪口を言うのはなかなか勇気のいることで、作品によっては信仰の域にまで高まった愛情を捧げる熱狂的なファンもいるくらいであるから、これはもう下手をすれば身に危険が及ぶ可能性さえあると言ってもよいくらいだが、もう思っていたことが抑えられないので言う。

 

 だいたいジョジョリオンは戦闘がまったく面白くない。

 それはまず、「こいつのスタンドには何ができるのか」が読んでいて全然わからないことによる。ジョジョにおける特殊能力がストーリーが進むにつれて拡大解釈されていくのはお約束だが、ジョジョリオンにおいてはこれが拡大されすぎて意味がわからなくなっている。

 例えばつるぎのペーパー・ムーン・キングが相手の認識能力を誤作動させる能力なのか、スマートフォンを折り曲げてカエルを作ったように、ものを紙として扱える能力なのかわからない。

 康穂のペイズリー・パークもよくわからなくて、ネットワークに潜入して情報を探知できる能力なのか、康穂自身や味方を正しい目的地や選択肢に導く能力なのかわからない。

 後者だとすると、康穂はよく自身のスタンドにどちらを選ぶか、という質問を出されていて、スタンドが自動的に正解に誘導してくれるわけではなく本体にこうして考えさせるのなら、それは単に本体自身が状況を熟考して何かを判断するのと何が違うんだよ、と思う。

 あとボーン・ディス・ウェイの何かを開閉する行為がスイッチになってるところとか、なんでそういう設計になってるんだかいまいちよくわからないところもよくないし、本体の人と能力の内容といまいち関連性がわからないところもよくない。

 直近ではブルー・ハワイという人をゾンビにしてしまうスタンドと戦っていて、ゾンビって、過去にもうジャスティスでもリンプ・ビズキットでもやったじゃねーかと思う。まあ開戦直前の、一度遠くに離れたはずの子供がこっちにもどってくる間の使い方はよかったけど。すごいよかった。

 

 だいたいジョジョリオンには作品として卑怯なところがあって、作品の序盤で、さあここでいったん仕切り直し、物語は始めからです、というところで唐突に脈絡なく「吉良吉影」の名前を出してきたりする。

 この名前は、作中のキャラクターたちにとっては単にはじめて聞く人名に過ぎなくても、読者からしたら絶対に無視できない名前である。「おっ?」と思う。

 こういうのはずるくないですか? 大御所が自分のキャリアを濫用しているというかね。もう、きったねえなあ、と思いつつ、「え? 吉良? どういうこと?」つって食いついてしまうよね。

 

 そうだ、あと憲助オヤジのキャラがすぐ変わったのも気になっていた。

 憲助は最初は裏のある感じのオッサンだったのに、一度主人公と共闘して以来いつの間にかいい感じの頼れる味方みたいな雰囲気になっていて、いい加減なんだよ、という。それにしても、田最戦で憲助が定助に対する心情を吐露する場面はよかったなあ。正直ぐっときた。ポーク・パイ・ハット戦のジョニィもそうだけど、男の悔し泣き描くのが上手いんだよなあ。

 

 他にも常秀のミラグロマンのエピソードとか、ただでさえ本編の展開が遅いと言われてるのに、それをなんで脇道にそれてさらに遅らせるようなことをやるのか。自覚があるのか。このエピソードはとても不気味で、かつ悪党同士の醜い小競り合いなのに人間として最低限の矜持が垣間見えるところもあって、とてもよかった。

 

 あとは虹村さんがレモンとみかんを混ぜるシーンとか、混ざるにしてもこうはならんだろ、と思うと同時に、こうなるしかないんだよな、だってこの混ざり方、見た目が強烈すぎるもん、とも思う。ケレンミというか、ジョジョでしかできないことをやってる感がやっぱりすごい。

 とりあえず、上に挙げたような理由で俺はジョジョリオンを俺は批判する次第で、今後もどうせこんなような感じだと思いますから、何が言いたいかというとみんな読んだ方がいいと思いますよ。以上。

 

ジョジョリオン 15 (ジャンプコミックス)

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