自殺した有名なミュージシャンが作ったある曲がリバイバルされて、最近いたるところでかかっている。
曲はCMや映画のタイアップに使われたり、今のアーティストにカバーされたりして、耳にしない日がない。
俺は死んだミュージシャンのこともその曲のことも好きだったので最初はなにか嬉しい気持ちだったが、度を越していつまでも聴かされ続けるので、段々いらいらしてきていた。
曲はずっと止まずに誰かによって歌われ続けた。それで、もう俺は、しばらく耳聴こえなくていいかなあ、と誰かに言われたのか、それとも自分で思いついたのか、とにかくそれもそうだなあ、と思い、気づいたら細長い紐にとげが生えたような器具を自分の耳に入れていた。
くるくるやっているうちに鼓膜が破れたようで辺りから音がすうっと抜けていくのがわかったが、どうも耳のさらに奥にある三半規管まで傷つけてしまったらしい。方向感覚を失って倒れ、その場でもがいている間に視界が歪んで、やがてぐにゅうと床に引き込まれるような感覚があった。
箱や荷物が狭いところにたくさん置かれて山のようになった、倉庫のようなところで目を覚ました。荷物の山の真ん中にはぽっかりとスペースが空いていて、そこに俺ともう一人、あの自殺したミュージシャンが、木箱の上に座って俺のことを見ていた。
よう、と彼が言った。
あなたはもう死んでるはずですよね、と俺は聞いた。
そうだよ。死んでるよ。と彼は答えた。 「でもそんな細かいことどうだっていいだろ?」
ここはどこですか?と俺は続けて尋ねたが、ミュージシャンは笑ったまま何も答えなかった。
彼は、やがて手にしたギターで一つの曲を演奏した。それはこれまでに一度も聴いたことのない曲だった。なかなか良いと思ったが、不思議なのは、曲が終わって、その余韻の中でそれがどんなメロディだったか思い返そうとしても、何も思い出せないことだった。
「新しい曲を作っても、ここでは誰も覚えていられないんだぜ」
ミュージシャンはそう言った。「録音することもできない。もちろん、それを売り物にすることも」
だから、俺もここでなら音楽を嫌いにならずにすむんだ。彼はそう続けて、また新しい曲を、おそらくいまはじめて生まれた曲を演奏した。
それは、とても良い曲だったはずだ。なので、いまそのメロディを覚えていないことをとても残念に思っている。