惨状と説教

誰か山から降りてきてほたえてから山に帰っていく記事。ブログ

2019年4月23日について

 ゾウムシはゆっくり歩いていた。
 俺はそれを眺めている。場所は電車の中で、ゾウムシが歩いているのは目の前に立っている女性の後頭部だった。
 声をかけた方がいいのかな? 俺は少し考えてから、それはないなと思い直す。
 まったく自慢にならないが、風体から頭の中まで、ろくでもない高純度の不審者なのだ。見ず知らずのそんな男から声をかけられても、ありがたいどころか気色悪いだけに決まっている。
 あ、と思う。というか、このゾウムシ取りましょうか問題が女性に突きつけるのは、面識のない不審者にゾウムシを取ってもらう or 薄気味悪いから断る の二択だと思い込んでいたけど、女性の立場で考えればもっとうがった見方もあるのだ。
 万が一、女性が「取ってください」と頼んだとする。それで俺が、「はい取りました」とつまんだゾウムシを見せたところで、それは俺が本当に頭の上にいたゾウムシを取った証拠にはならないのだ。
 マジシャンよろしく俺が手のひらの中に最初からゾウムシを隠していて、後からさもそれを取ったかのように見せる、本当は目的は女性の髪を触ることにこそあった犯罪者…そんな可能性というか、誤解をされることもありうるのだ。
 つまり俺はゾウムシを取るためにはまず何も隠していない手のひらを開いてみせる必要があって…あれ? でもそもそも女性はまず見ず知らずの男にゾウムシを取ってくれとは頼まないだろうから、この苦悩自体が無意味なのか…。
 俺はひとりで考える。ゾウムシは歩き続ける。何事もなく、女性は先に電車を降りていった。