惨状と説教

誰か山から降りてきてほたえてから山に帰っていく記事。ブログ

観なかった「笑ってはいけない」の感想にかえて。俺は笑いが好きで怖いことについて

 ガキの使いの『笑ってはいけない』については、観ていて本当に楽しかったのはハイスクールまでで、警察署以降は、従来のファンとしては観ても面白くないと思っている。

 

 今年も結局観なくて、登場したネタについてニュースやSNSで目にしただけだったが、そのネタの扱い方については感じたことがあったので、整理しておく。

 

 新しい地図の3人が出演したみたいで、これはよかったと思った。

 外野の素人にはわからない大変な戦いの連続だったのだろうし、これからもそれは続くんだろうけど、大晦日のガキという地上波テレビの大一番で活動できることは、きっと彼らの願うところだったと思うので。

 最後に3人揃って挨拶をしたみたいで(その後にオチがついたようですが)、これは以前、解散騒動をめぐって放送された会見ともかかっていたのかな?

 もしそうなら、きっと辛い思い出だと思うんだけど、笑いに変えられてよかったと思う。

 

 笑いに変えられた、という点で、真逆に、少し苦い気分になった情報もある。

 吉本の闇営業に関する社長の発言、会見が、やはりネタにされて何回かこすられたらしい。

 はっきり言って、俺はそれは違うだろ?と思う。

 この件について、悪い側にどういう態度でいて欲しいのか、どう反省して欲しいのかは、俺にもよくわからない。

 別に俺が直接傷ついたわけじゃないし、どう罰されるべきで、どう許されるべきかも説明できない。

 でも、いわば身内が笑いのネタに変えてそれを消費するのは、やっぱり違うだろう? と思う。

 

 『へうげもの』という漫画で、登場人物の豊臣秀吉が「笑ったら負けよ」というセリフを吐く。

 笑いはそこが怖い。相手に非があっても、笑わせられるとそこで、なんかもういい感じになってしまう。それ以上口を開いて糾弾する、そのすべてが無粋になってしまう。

 別に『ガキの使い』自体が悪いことをしたわけじゃない。

 でも、同じ吉本の松本が強い影響力を持つこの番組でそれをネタにするのは、よく言えば絶妙の距離感だし、悪く言ったら巧妙だと思う。

 部外者がネタにするように、毒としての本質を残すわけでもなく(ナイツもこれいじってましたね)、ちょうどいい感じの距離感で、なんかもうどうでもいい感じになってしまう。

 なんというか、「うちの偉いのがやんちゃしまして」みたいな。「そんなわけで、今年もまあ色々ありましたけどね」みたいな。これがいやらしい。

 

 悔しいのは、俺も以前、同じガキの松本挑戦シリーズで松本が社長の会見を絵に起こしたジグソーパズル作ってる小芝居で笑わせられたから。

 そのときの、チクショウ、一本とられた、というのが、まだくすぶっていたみたいで。

 この度、いや、俺はやっぱり認めてねーぞ、と。笑ってはいけない自体観てないのに。なんなら、社長のあの恫喝よりも、その処理の仕方の方に、相容れないものを感じるところです。かたくなに。以上、よろしくお願いします。