惨状と説教

誰か山から降りてきてほたえてから山に帰っていく記事。ブログ

飛行機で旅行することについて

 12月30日に乗った飛行機は、成田空港から出て韓国の仁川を経由し、エチオピアのボレ空港に到着する便だった。日本人が思ったよりも多く搭乗していたから、エチオピアに行く人がそんなに多いのか、と意外に感じたが、考えてみれば一度韓国に寄るのだから、そちらが目的地なんだろうと思った。
 俺は、飛行機なんて乗り物はだいたい落ちるものだと信じているから、搭乗するまでずっと憂鬱だったし、いよいよ機体が滑走路を走りはじめたときは、乗らなければよかった乗らなければよかった、と頭の中でずっとわめいていた。
 離陸した瞬間から、気持ちを支配していたのは飛行機における「魔の11分」というやつで、どこに向かって心を落ち着けようというわけでもなく、ただ精神が疲れ果てるまで無意味に、1秒、2秒、地面を離れてからの時間を数え続けた。
 
 隣に座っていたアフリカ系の男性から話しかけられたのは離陸してから十数分経った頃だったと思う。
 「どこに行くのか?」 緊張でぐったりしているところにそう尋ねられて、エチオピアだと答えた。その人も、てっきりそうだと思っていたら、男性はナイジェリアまで行くという。母国に里帰りするのだと言った。
 彼は立川で車の部品を扱う仕事をしているとのことだった。日本で日本人女性と結婚し、子供をもうけた。家族はナイジェリアに行ったことがあるのか、と訊くと、まだない、とのことだった。「いつかは連れていきたい。でも飛行機代が高いから」、と。
 
 エチオピアのメケレという街に行くのに、再び、今度は国内線の飛行機に乗る。
 機内の通路を挟んだ反対側の座席に、頭部まで、全身を白い衣装に包んだバアさんたちが乗っていた。エチオピア正教というエチオピア独自のキリスト教派があるが、その人たちかな、と思う。
 飛行機が滑走路を走りはじめたとき、ああ、落ちる、落ちる。またそう思う。ふと隣を見ると、バアさんがむにゃむにゃ何か小声で唱えていた。
 飛行機が落ちませんように。バアさんも神様にそう願っているのか。
 でも、それじゃあ特別信仰を持たない俺と変わらないな…。宗教を持つ人間というのは、こういうとき何を祈るのだろう?
 自分自身の恐怖を横目でにらみつつ、離陸してからしばらく、バアさんを見続けていた。顔をうつむけて祈りを口にするバアさん越しに、窓から機外の光景が見えて、茶色い大地がみるみる遠くに離れていく。
 
 エチオピアの暦では、1月の初旬にクリスマスを迎える。
 最後に寄ったラリベラという街でクリスマスを祝う人々の集いを見た後、ボレ空港に戻るため、また国内線を利用した。ボンバルディアなんとかいう、小さな飛行機だった。
 隣の席に座ったのは、民族衣装なのか礼服なのか、見たことのない深い緑色をした衣装を身に着けた少女で、ほとんど青いぐらい黒い肌をしたその人は、目の前の座席の背中を、なぜか穴が空くほどじっと凝視していた。
 よせばいいのに(?)、こんな小さな飛行機が、ちゃんと雲を超えてその上を飛ぶ。機体は乱気流にあおられて、よく、骨に響くようにガタガタと震えた。
 一度、なにか底が抜けたように、はっきり体が落下したとき、隣の席から手が伸びて俺の腕を取った。
 俺は驚いたというか、なんというか、隣の少女を見た。その人は相変らず、自分の前の座席を、なにか念でも込めるようにひたすら見つめ続けていた。
 
 最後に、飛行機に乗ってからではなくて、搭乗する前の話をする。
 1月7日、ラリベラからボレ空港に戻ってきて、日本に帰るための便を、搭乗ゲートの前で待っていた。
 今回の空路も仁川を経由する。そのためか、この国のどこにこんなにアジア人がいたんだと思うぐらい(他の国に滞在していたのがエチオピアを通っていくのかもしれないが)、韓国人も日本人も、多くの東洋人が飛行機を待っていた。
 俺は今回の旅行で計8回も飛行機に乗ることになっており、それはようやく終盤になりつつあった。ここまでくればもう落ちることもないような気がしたし、そんなことは関係なく、落ちるときは落ちるような気もした。結局俺は疲れていた。
 ゲートが開いて搭乗する列ができ始めたとき、俺がいる少し前から日本語が聞こえてきて、日本人らしい女性が小学生くらいの女の子の手を引いて並んでいた。
 女の子はアフリカ系の血が混じっているようで、あらためて見ると、二人と一緒にとても背の高い、おそらく夫なんだろう、黒人の男性が立っていた。そして三人の周りを、小さい男の子が一人、こま鼠のように楽しそうに、ひたすら嬉しそうに、くるくる走り回っていた。男性は、ひょいと軽々男の子を持ち上げた。
 どういう人生なんだろうな。俺は、女性に対してというかその家族全体に対してというか、漠然とそう思ったが、そういう人生なのだ。大きなお世話だ。というか、俺の人生だってそういう人生だ。みんな、各々のやり方で生きてきたのだ。(このときはそこまで考えなかったが)そして、今後も各々のやり方で生きていくのだ。誰もそれを邪魔するべきではないのだ。
 
 世の中で起きていることについて、どこからが自分事(?)で、どこまでが他人事なのか、よくわからない。
 よくわからないことに口を出すこと、自分が傷ついたわけではないことで誰かを批判することが嫌いなのだ。
 じゃあ憤るべきではないのか、というとそれもわからないし、何か教訓ということで言葉でかたちにしていいのかもわからない。まるで何もわからない。
 ただ、言うべきではない部分に届くまで、余分なところというか、余白みたいなものを削っておこうと思ったから、こういうことを文章にして書いておく。
 俺は飛行機で、こういう人たちと外国を旅行し、外国から帰ってきた。俺の乗った飛行機にはこういう人たちが乗っていたんだ。