悪夢について 6

 主張先で古書の大型チェーン店に入った。
 巨大な棚に本が無数に並べられている。同じタイトルの本がいくつもあったり、逆に、きっとあるだろうと思っていた本がなかったりすると、何やらむずむずしてくる。
 本屋という場所は、本質的にポルノに似ていると思う。
 それは、買い手の期待があって、目指しているものに出会えるかは偶然性に左右されて、結局そこにあるもので満足するしかないからだ。それでも血眼になって探す感じが過剰に強調されるような気がして、それが大型古書店の居心地が悪いところだ。
 ふと、◯◯さん? と誰かが人に呼びかけているのが聞こえた。
 自分に声をかけられたような気もしたが、もちろん名前が違う。そのまま店内を歩き続けていると、また、◯◯さん? と、今度ははっきりと自分に呼びかけられた。
 自分がそちらを振り向くと、レジ列に並んでいたひとりの女性が、こちらを見つめて親しげな笑みを浮かべていた。
 少しずつ、表情が困惑のそれに変わっていく。小さく、すみません、と謝る女性に、自分は思わず尋ねた。
 「誰か、私にとても似ている方がいるんですか?」
 そうなんです、と萎縮したように口にした女性は、◯◯さんの人となりを語り始めた。
 その口調はやがて、いくらか熱を帯びて、◯◯さんがいかに優しくて、頭が良くて、勇敢な人物か、という話に変わっていった。
 自分はというと、意外とそれを聞かされて悪い気はしなかった。別人とはいえ、自分にそれだけ似ている人間がこうまで褒められているのが、なぜか好ましいことに思えた。
 古書店を出たあと、自分は帰りのバスが出るバスステーションに向かった。
 そこは屋内にあって、夕方だというのに照明がまったく点いておらず、真っ暗な中を車道のヘッドライトが不規則に照らしているような状態だった。小型のコインランドリーのように狭く、いくつかの椅子のほかはなにもなかった。
 ひどく雨が降っていた。雨粒と道路から巻き上がった水しぶきが、ガラス扉に複雑な模様を作っている。
 やることもなく、自分はガラス越しに外の様子を眺めていた。
 ひどい雨だというのに、外でバスを待っている女性がいた。その姿をぼんやり見ていると、彼女の右手側からもう一人、別の女性がやってくるのが目に映った。
 近づいてくる女は、バスを待っている人に、とてもよく似ている気がした。
 バスを待っている女性は、もう一人の女に気づかない。近づいていく女の手にハサミが握られていた。刃の部分が光に照らされるのを拒むように暗かった。
 「やめろ!」
 自分はガラス戸越しに叫んだ。ハサミを持った女が、女自身に似たもう一人の女性を刺した。何度も繰り返し刺した。
 自分は震えておぼつかない手で携帯電話をつかみ、警察を呼ぼうとした。ハサミを持った女がこちらに向かってガラス扉に体当たりしてきた。扉が壊れそうなほどの嫌な音を立てた。