『ゴールデンカムイ』1巻の感想について

 一時期、山に関する小説を好んで読んでいた。

 熊谷達也の『邂逅の森』、坂東眞砂子の『山妣』など。山という場所がいかに人にとって恵みに満ちた場所かを知る中で、特に興味深かったのが熊に関する記述だった。

 肉や毛皮はもちろん、熊はその胆嚢にものすごい価値があったらしい。干すと薬のもとになるということで、金と同じだけの価値を持っていたとのことだ(事実かは不明。でも高価だったのは確かだろう)。

 熊を捕りに山に入るマタギという人たちのことも少し学んだ。

 彼らはチームを組んだり、あるいは独力でも熊を撃つ。小説で描かれた熊との頭脳戦は、バトル漫画と比べてそん色ない緊張感だった。

 ただ、彼らは「踏み込む」「攻め入る」という意識で山に入っていくわけではない。

 山に入るとき冷水で身を清め、山のルールに従う証として山だけで使う言葉=山言葉を使うなど、あくまで部外者としての礼儀をわきまえ、山の方に自分たちを合わせる。熊を倒せば、山の神に感謝を捧げるための作法によって解体する。

  山に関するこれらの作品は、山を単に動植物の豊かな「自然」としてだけ描くのではなく、人里とは別の秩序によって治められる「異界」として表現している。それが面白かった。

 

 本題。今回紹介する『ゴールデンカムイ』も、そんな「攻略」ではなく「畏怖」の対象である自然への向き合い方を要素としてたっぷり含む。

 ただ、メインのストーリーは明治時代の北海道を舞台とした埋蔵金の奪い合いだ。日露戦争から帰還した軍人、現地のアイヌ、そして網走からの脱獄囚など、北海道ならでは(?)の登場人物たちが一攫千金目指して血で血を洗う。で、それにぶち込まれるようにしてマタギアイヌの文化が紹介される。

 主人公は戦争激戦地・203高地で獅子奮迅の働きをし「不死身の杉元」の異名をとった軍人・杉元佐一。とある事情で大金が必要になり、北海道の山林で砂金を採っていたところ、総額8億円にのぼるというアイヌ埋蔵金の噂を耳にする。

 黄金の奪取に動き出す杉元。

 それを手助けする、金塊を奪われたアイヌの娘であるアシリパ。

 対するは、日本陸軍最強といわれた第七師団の軍人たち、網走刑務所の凶悪な脱獄囚、さらには戊辰戦争で戦死したはずのあの新撰組の鬼の副長こと土方歳三(おんとし70歳)も参戦。ここに、この漫画のキャッチコピーである「一攫千金サバイバル」が開戦するのだった。

 

 こう書くとけっこうシリアステイストっぽい。実際、埋蔵金をめぐって敵同士殴り合い撃ち合いしているときはものすごい緊張感がある。 

  そしてその緊迫感をうまく中和しているのが、「じゃあ脳みそ食べろ。」などのフレーズに代表される、前述の異文化テイスト。

 腹が減ってはなんとやらでヒロイン・アシリパに獲物の脳を食わされる主人公の杉元。

 今後も色んな生き物の色んな部位を食わされることになる杉元。おして、杉元以外にも増えていく脳食わせの被害者…。

 本作が単なる血なまぐさいどつき合い(登場する生き物に軍人率・野生アニマル率が高いので、お互いまるで容赦がない)に終始しないように挿入されるこのアイヌ時空は、笑えて、勉強になって、そしてときどきとても静かに心に響くこともある。その辺の緩急の付け方が凄いと思う。

 

 1巻後半では脱獄囚の一人である白石由竹というキャラクターが登場。色々あって杉元と一緒に山中で河に落下し、後にアイヌ時空と並んでこの漫画の緊張感を(きわめて良い意味で)たびたびそぐ白石時空の片鱗を見せる。

 

 北海道の河に落ちた杉元と白石が凍死を防ごうと展開する掛け合いはあまりに笑えたので「あれ、これギャグ漫画か?」と思いつつそういうわけじゃないよなあ、と思ったんだけどその真相は今後の感想で。

 

 殴り合い好き、自然文化好き、あといい歳こいた大人がくだらないことできゃっきゃしてるの好きにお薦めします(個人的に最後がけっこう大きい)。今なら第1話が試し読みできるようなので、興味を持たれた方は是非。

 

 

邂逅の森 (文春文庫)

邂逅の森 (文春文庫)

 

 

 

山妣(やまはは)

山妣(やまはは)

 

 山と隣り合って生きる人々について紡がれる二つの物語。人間の性(さが・せい)に関する描写を主な要素に取り込んだ点まで共通しながら、こうも違う読後感。

 『邂逅の森』は活劇好きに。血気はやる若者から壮年へと成長していく主人公の半生を背中からつき従いながら見守るような感覚。

 『山妣』はすべての場面がじっとりと暗く湿って閉じられているような世界感。鬱屈。嫉妬。劣情。ネガティブな感情が何層にも重なってかたまっている一番底に薄く悲哀が広がっていて、それが美しい。伝奇好きに。