貴重な「野蛮」漫画、『トリコ』43巻の感想と完結に寄せることについて

はじめに

 少年ジャンプでやっていた『トリコ』が、先日最終巻となる43巻を発売し完結を迎えた。まあ週刊連載では数ヶ月前に終わっていたけど、単行本派なので、「あ、終わった」という気持ちを抱いたのは本屋で43巻の表紙を見たときだった。

 『トリコ』には色々と勝手に思うことがあって、だからそれが完結して感慨・感想がたくさんあって、だから、ここでまとめておきたいと思う(長くなります)。

 簡単に言うと、

 

・面白い作品だったけど途中でわけわかんなくなってたけどやっぱおもしれーぞ、ということ

・ついでに少年漫画自体についての望みと、とにかくお疲れさまでした、ということ

 

 そんな話になると思う。

■目次

    1. はじめに(上記)
    2. 『トリコ』のいいとこ凄いとこ
    3. 「あれ? なんかおかしくなってきたな?」の時期
    4. 見事に盛り返した最終決戦
    5. 少しだけ、少年ジャンプに思うこととあらためてお疲れさまでしたということ

 

『トリコ』のいいとこ凄いとこ

 未読の人のため説明しておくと、『トリコ』は「美食家」という密林だの火山だのの危険なとこに冒険に行って、その地でしか獲れない美味い動植物を狩って食う人を題材にした漫画である。

 

 最初に考えを述べると、俺は『トリコ』の良さの中心って『HUNTER×HUNTER』+『刃牙』なところだと思う。

 つまり、ハンタの冒険成分と、バキの格闘・食事成分、生物や人体に関する雑学、そしてなにより、双方に共通する「倫理とか良心とか関係ねえ、勝ったやつが正義だぜ」という野蛮な思想を『トリコ』も持っているところが俺がハマった理由で、世間的にウケたのもそこだったんじゃないかな? と思う。

 なので、一つ勝手に考えているのは、同じジャンプで連載してもいるこのハンタがあの連載状況であることは、トリコにとってある意味追い風だったんじゃないかな、ということである。「ジャンプ買ってもハンタ載ってないけどハンタ読みてえ」という需要に対して、びたっと応えてみせたのが『トリコ』だったんじゃないかな、ということだ。

 もちろん島袋光年さんの技量があって描けた作品であること、『トリコ』そのもののオリジナリティがしっかり存在していることは言うまでもない。とにかく、ハンタみたいに未開世界を探検して、バキみたいにスカッと肉弾戦でぶん殴り合って、合間合間でもにゅもにゅ肉を食い、雑学満載でなんとなく勉強した気にもなる、で、サニーが初登場したときマンサム所長をボロクソに言う場面とかドドリアン・ボムを採集しにいく回とかでヘラヘラ笑える漫画が『トリコ』で、俺はそこが好きだったのである。

 

「あれ? なんかおかしくなってきたな?」の時期

 そういうわけで、俺は『トリコ』のマッチョであることがそれなりに重んじられていてそれでバチバチ殴り合う泥臭いところ、細身のイケメンが異能で華麗に敵を倒したりしないところを愛していた。

 

 なんだけど、巻が進むにつれて「あれ?」と思うことが増えてくる。

 まず、作中の攻撃手段に飛び道具や超能力が増えた。

 俺らが過去に人を殴ったり殴られたりした記憶や経験…。トリコの強みの一つは、そこに訴えて痛みや爽快感をイメージしやすくしたことにあったと思う。

 おおげさに言うと、トリコにおける飛び道具の頻出は、作中の戦闘を追体験するものから淡々と眺めるものに変えてしまった。

 そして、それと無関係ではないと思うんだけど、メシの場面の魅力が激減した。

 すごく運動した後に美味い肉を食う、甘いものを食う、その快感は実体験からイメージできる。でもエネルギー波出した後って…まあ疲れるんだろうけど、メシは美味いんだろうか? ということだ。メシ自体も、単に美味いものから回復アイテムやステータスアップの道具のような扱いになってきていた気がするなあ。

 

 最後に漫画の技法的な話。作中で「強さ」を説明する要素が頻出して、何がなんだかわからなくなった、というのがある。

 ドラゴンボールの気、ハンタにおける念など、戦闘漫画にはキャラクターの強さを数値化、あるいか個性化するための要素が登場することがある。

 で、トリコなんだけど、「食没」、「ルーティーン」、「猿武」、「裏の世界」、「食運」など、ハンタの念がその体系内で修行したり応用したりで全ての戦闘を説明できるのに対して、ちょっと出てくるものが多すぎる気がする。これは読者の忍耐にもよるのかもしれないけど、俺は読んでて「あ、めんどくせーな」と思うことがあった。

 

見事に盛り返した最終決戦

 上記のような理由で少し冷めてしまい、しばらく惰性で読んでいたのだが…世間でも同じ意見が多いみたいだけど、最終決戦で本当に見事に盛り返した、と思う。

 

 最後の戦いで、以前は偉人とされていた美食家の頂点アカシアが、実はすごい悪人でした、ということが判明し、トリコたちはこのアカシアと戦うことになる。

 主人公側と敵側と、主役級の実力者が勢ぞろいして乱闘する、という展開のアツさもあるけど、俺はこの終盤での面白さってアカシアのキャラによるところがすごいでかかったと思う。

 アカシアはラスボスなんだけど、『ダイの大冒険』のバーンみたいな大物感はまったくない。ネットでもネタにされてるけど、ただのキレやすいチンピラだ。

 でも、アカシアにはその程度の低さゆえの怖さがあった。欲するのは世界征服みたいなでかい話じゃなくただメシを独占したいという獣じみたものだが、アタマの沸点が低くてきわめて暴力的、ガタイがでかくて強い、というのが、怖さをあたえる存在としてリアルだったのだと思う。

 そんなキレやすいアカシアとトリコたちが交わす悪口合戦(バカにしてるわけじゃなく、このへんの言葉のセンスは島袋さんってほんと上手いと思う)と拳の応酬は本当に爽快感あった。

 最終回とその前の回も、大団円として見事にまとまってる。あらためて良い終わり方をした漫画だな、と思う。

 

少しだけ、少年ジャンプに思うこととあらためてお疲れさまでしたということ

 『トリコ』が終わって、ジャンプでトリコより前から読んでいていまでも読んでいる漫画はハンタだけになった(ちなみにトリコより後に読み始めた漫画はワートリだけ)。

 俺はもうジャンプで新連載が始まっても最初の一回目さえ読まなくなって久しいので、まあモノを知らない老害がなんか言ってるわ、ぐらいに思われてもしかたがないんだけど、なんというか、ハンタとかトリコみたいに肉体を生かした冒険で、かつ知識を駆使するサバイバルで、何よりも戦って生き残ることが最大の正義である「野蛮」な漫画って、ジャンプは今後送り出す気があるのかなあ、とすごく勝手に思っている。で、あんまり期待できる姿勢を感じないなあ、とか思って勝手に残念がっている。

 人間というものを、いわば「ものすごく頭の良い野生生物」として描いているこういう漫画って、なんなら漫画界全体でも少ないような気がする(最近だと『ゴールデンカムイ』かなあ)。実は需要がすごく高いんだけど。

 トリコはこのジャンルの貴重なひと枠、そしてもちろん金字塔だと思います。あらためてお疲れさまでした、とネットの片隅でお伝えする次第です。以上。

 

トリコ 1 (ジャンプコミックス)

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トリコ 43 (ジャンプコミックス)

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