はじめに
青春小説のフォーマットの一つに「探して、見つけて、そして失う」というものがあって、村上春樹とかポール・オースターとかよくこういう構成を使うのだが、逆に言うとこのフォーマットにならっているとその作品はぐっと青春小説らしくなるのである。
本当に? 仮にその舞台が猛獣ひしめく密林でも?
イエス。密林でもそうなる。なるったらなる。この『猿神のロスト・シティ』を読めばわかる。
感想
地球上のあらゆる土地が踏破され、まだ発見されていない未知の文明などとうていありそうもないこの21世紀。
しかし、南米はホンジュラスの密林――かねてより『シウダー・ブランカ(白い都市)』と呼ばれる幻の街の伝説がささやかれるこの地に、時代の進歩がもたらした技術が遺跡らしきものの観測に成功した。真実を確かめるべく、ジャガー、毒蛇、凶暴なアリが跋扈し、麻薬組織の勢力圏でもあるこの土地に、科学者、ジャーナリスト、元軍人たちの混合チームが挑む…
という本。
面白かった。先に不満な点を挙げると、本書の解説を担当された方が文中でも述べているとおり、仰々しく期待をあおる導入に比べて、実際の「探検」部分はかなり少ないこと。
この土地をめぐる歴史と筆者たちが今回の探索にこぎつけるまでの労苦はかなりページを割かれて語られるのだが、それが終わってさあいよいよ探検、と思って始まったジャングル内での生活や冒険にかかる部分は、わりとすぐに終わってしまう。
結局、調査を経て『シウダー・ブランカ』らしきものは見つかるのだが、以降は「あれ、もう帰っちゃうの?」というくらいあっさりと密林をあとに。つまんないわけじゃないんですけどね。あやうく毒蛇に噛まれそうになる話とか。でももうちょい期待してた。
ただ、実は面白いのはみんなが帰国してから。
チームのメンバーがそれぞれの国に帰った後、彼らは各国で同時多発的に謎の病気を発症する。
診断の結果、病気の正体は一種の寄生原虫だということがわかるのだが、この病気への罹患がひとつの重みを伴ってくるのは、彼らが現地での調査をとおして得た仮説に、「『シウダー・ブランカ』はどうやら病の流行が原因で遺棄された場所であるらしい」というものがあることによる。
500年ほど前、まさに彼らと同じ欧米人によって、天然痘やチフスといった病原体がこの地に持ち込まれた。欧米人自身は抗体を持っているが、現地の人々は免疫がなく、これらに感染してなすすべく死んでいく。『シウダー・ブランカ』もおそらくはそうした経緯の中で生活の場として機能しなくなり、葬られた。
それがときを経て、今度は欧米人の方が、吸血性の虫を媒介に感染する別の病に苦しめられる側になったわけで、ここにはつい報復という言葉が浮かんでしまう(筆者自身もそう書いている)。もちろん科学的にみればこれが呪いとかではないのはわかるんだけど、何か教訓的な話でもある。
作品の終盤、『シウダー・ブランカ』の探索から一年後、筆者はもう一度現地を訪れる。
自分たちの行いは、考古学的な「発見」であるが、それと同時にひとつの「破壊」なのではないか、貴重な自然環境を不可逆的なかたちで開拓してしまったのではないか、といううしろめたさが彼の中にあったことが、文中では語られている。
はたして彼の不安どおり、一年ぶりに訪れた密林は人の手によって開発され、前年訪れたときよりも生活しやすい環境へと変じていた。
この描写が妙にいい。毒蛇と吸血昆虫うようよで夜はまったくの闇が降りる野蛮な世界。そういうものでも、いざ変わってしまうと自分のなかに愛着があったこと、もう取り戻せないことへの寂しさがあることがわかるらしい。
作者はここでかつてのチームメイトと再会するんだけど、そこにも少しよそよそしさが感じられて、人と場所というのはやっぱりセットで、場所の方が変わってしまえば人と人との関係性も以前のようにはいかないという、ここにも不思議な悲しさがあってよかった。
胸躍る冒険、というには少し活劇の要素が少ないが(実際、考古学とアドベンチャーとを区別しなくてはいけない、という意見が本書には散見される)、深緑と泥沼の死地を舞台にするわりに妙にせつない読後感があり、なかなかよい本でした。