異界とはどこにあるもののことか。『全滅領域(サザーン・リーチ1)』の感想について

はじめに

 最初にことわっておかないといけないことがあって、実はこの記事、作品を強くおすすめする記事ではないのである。
 もちろん面白い本ではあって、良かった点もちゃんと紹介する。
 しかし、一方で、最後までぬぐえない違和感もあって、興味を持っている人、特に俺と同じようなかたちで関心を持った人向けに伝えておきたいなあ、と思ったので、その違和感についてもあわせて言及する。
 そういうわけで、なんか陰気なねちねちした感じの話になっているかもしれないので、容赦して欲しいと思う。
 

あらすじ

 世界に突如出現し、人類が暮らす世界とは〈境界〉で隔てられたその領域は、〈エリアX〉という名で呼ばれている。
 内部がどうなっているかはほとんど解明されていない。調査隊が何度か派遣されているが無事に帰ってきた者はおらず、その正体については怪しい都市伝説だけが伝聞として一人歩きしている状態だった。
 かつて衛生兵として〈エリアX〉に挑んだ夫を持つ女性生物学者は、今度は自らが、心理学者、測量技師、人類学者の仲間とともに、〈エリアX〉に入ることになるのだった。
 

感想

 興味を持ったきっかけはというと、映画『アナイアレイション』の宣伝を観て面白そうだと思ったからであった。
 で、ネガティブなことから話し始めてしまうのだが、読む上での注意点というか、まず、一大スペクタクルとかアドベンチャーとかの要素をこの原作小説に期待してはいけないと思う。
 映画版のトレイラーを観てそういうスリリングな冒険譚としての期待を小説にも向けてしまった。でも、そういう需要はあまり満たされないのである。
 なぜか。それは、この小説が主人公の手記という体裁で物語が進んでいくことが大きい原因であると思う。
 つまり、行動も知識も制限された、あくまでいち個人の視点で書かれる手記なので、良くも悪くも書かれていることが一人の人間の主観、視野以上の大きさで描写されることがない。主人公が見聞きした範囲でしか、世界の謎も解明されない。
 要するに、読んでいてもどかしいのである。
 「つまり、〈エリアX〉ってのはなんなのよ?」「結局、ここで見つかる謎の生命の正体はなんなのよ?」
 そういう疑問が、個人の思考の速度でしか解き明かされないし、その思考も色々な雑念に邪魔されるので、なおさら先に進まない。読んでいてあまり爽快感がないのはそういう理由による。
 この、なんかすごいことが世界に起こっているはずなのに視点が個人以上のものにひろがらないために地味な印象が最後までついて回る感覚、どこかで覚えがあるな、と思ったら、スタニスワフ・レムの『ソラリスの陽のもとに』だった(ファンに聞かれたらぶっ飛ばされそうなことを言っているな)。
 
 一方、物語の進行をいち個人の視点に委ねたことで見えてくるものもあった。
 例えば、未知の領域に集団で踏み入っていくので、当然というべきか、ある程度話が進むと仲間うちで不和が発生する。
 その際、主人公の思考が詳細に書かれることになるため、不和による混乱の増大と探索計画が破綻していく過程はすごくリアルで緊張感がある。
 もしもこの作品が、個人の主観にしばられないもっと自由な語り口を採用していた場合、メンバー間の不和からこの苦しいぐらいに張り詰めた雰囲気が漂ってくることはななく、あくまでよくあるイベントとしてしか消化されなかったのではないかな、と思う。
 もう一つ。主人公は実は〈エリアX〉先遣隊であった夫との間にすれ違いを生じていて、その傷を抱えたまま今回の探索に臨んでいるのだが、この辛い過去と向き合い、立ち直っていく過程がしっかり描かれることになったのも、物語が主観による進行という形式をとった結果であると思う。
 異界を探索する中で、主人公は夫がこの地に残したある物を発見する。
 彼女はこの発見をきっかけにして、自分の夫の心にようやく寄り添えるようになる。これは、主観に制限された鈍重な展開を取ることによって見えてきたものだと思う(あ、考えてみれば、これも『ソラリスの陽のもとに』で抱いた感想の一つだったな)。
 作者の狙いなんてわからないので、結果として、ということなんだけど、『全滅領域』における〈エリアX〉の扱いは、攻略されるべき物語の焦点ではないんじゃねえかな?
 その本当の役割は、人の心の動きとか機微を明確に描き出すための一つのヒントに過ぎないのかもしれない。探索されるべき本当の異界とは〈エリアX〉のことではなく、我々の心の中にあるんじゃないかな、とか知ったようなことを書いておく。
 

おわりに

 そういうわけで、映像版の印象を期待して原作を読むのはあまりよろしくないかもしらんよ、と思ってこの記事を書いたのである。
 ただ、ひとえにこれは俺の動機というか入り口が間違っている気もして、「個人による手記のていで書かれた気持ち悪いけどなんか面白い異界探索ものがあるらしいぜ」というきっかけで読んだんだったらもっと楽しく読めたかもな、とも思ったのだった。
 
 映画はたぶん観にいくでしょう。小説の続編は…Amazonのレビューで見たらなんかすごい地味っぽいのでどうしましょうかね。考えます。
 
 最後に。上記で悪口書きついでに言うのだが、この小説によるとどうやら心理学を習得することは死神の落としたノートを拾うことに同義なのでもしいつか心理学を修めたと語る人に出会ったらダッシュで逃げた方が良いなと思ったので、以上、よろしくお願いします。

 

全滅領域 サザーン・リーチ?

全滅領域 サザーン・リーチ?