歯を食いしばる90分間。『クワイエット・プレイス』の感想について

主演:釘

その他大勢(人とかモンスターとか)

 

はじめに

 『クワイエット・プレイス』を観てきました。90分間、観ている間ずっと歯を食いしばっていました。

 緊張がすごかった。最初から最後まで恐ろしく、そして、面白かった。

 突如襲来した怪物によって人類がほぼ全滅したところから物語が始まります。この、音を探知して襲ってくる怪物から、かろうじて生き残ったある一家がいました。

 聡明で頑健な父親。子供たち。そして、臨月を迎えた母親。

 一家が物音を殺しながら送る緊迫の生活が描かれます。劇中で時間はあまり進まず、困難を乗り切ったと思ったら数秒後にすぐ次が来ます。本当にすぐ来ます。

 この密度が良かったです。ずっと歯を食いしばっていたので、歯茎にはダメージが溜まりました。

 

 以下、感想を書きます。わりとネタバレありです。

 ある程度は伏せますが、まだ観ていない方は、ぜひ劇場で観てきてください。絶対劇場で観た方が面白い映画です。

 ただ一つの注意点は、静かだったところにいきなりドン! バン!があることです。

 これはけっこう人によって敬遠しがちなポイントだと思います。テクニックとしてそういうのは卑怯だろ」という理由で嫌いな人もいるだろうし、シンプルに体がビックリしてつらい、という人もいると思います。

 予告編でもそういうのがありの作品だよ、というのは匂わされてますが、それにしてもかなり多かったので、嫌いな人はやめた方がいいかもしれません。

 

感想

・一家について

 まず、役者の演技がすごくよかったです。

 沈黙というルールによって支配されたこの世界で、キャラクターたちは全員声を出さずに自分の感情を示すこと、そして、それを観客にも伝えることを求められます。

 で、そういう環境で愛情を伝えたり怒ったりすることになります。手話を使ったり、手をつないだり、ハグをしたりして。

 この設定、一歩間違うとすごくチープになると思います。それがそうならなかったのは、役者がみんな上手かったからだと思います。

 特に、出産を迎える母親役(エミリー・ブラント)。家族を励まし、子供を産み、怪物ともバトる八面六臂。強く、賢く、キュートでした。

 あと演技の話じゃないんですが、この映画、一番幼い子供が最初に犠牲になります。

 これ、物語に緊張感を与える上でも、すごく効果的だったと思います。つまり、「子供でも死ぬ」映画として。

 

助演男優賞:生き残ってたじいさん

 この人も物語においてすごく大切な役目を果たした、と個人的に思ったキャラクターに、一家以外に生き残っていたじいさんがいます。

 父親と息子が魚を採りに行った帰り、二人は自分たちと同じように生き残っていたらしい、ひとりの老人に出会います。

 しかし老人は見るからに正気を失っていて、彼の妻らしき女性の死体(怪物にやられた? もしくは老人が錯乱して自分で殺した?)の近くにいて、緊迫した空気の中、父親の制止もむなしく老人はヤケクソのように絶叫し、怪物の餌食になります。

 この場面が物語的に大切というのは、残酷な話だけど老人が死ぬことで緊張感が保たれるところ。

 それからもうひとつ、彼の死が自死に近いものであったことから、この世界の敵が怪物そのものだけでなく、精神的に「折れる」ことにもあるのが伝わるところです。

 たいていのパニック映画で死因となるのは体力や知恵比べで負けることですが、『クワイエット・プレイス』においては、常に休まらない生活の中ですり減っていく心が、自らを殺してしまう。

 こうして子供を持たない(たぶん)老人が、妻を失って壊れてしまうこと、守るものがないことで人がどうなってしまうかを自分の前で見せつけられて、父親は何を思うか。それをとおして観客は何を感じるか。

 そういう理由でここは大事な場面だと思います。あと単純に、父親とじいさんの対峙する緊張感がものすごかった。「やめろ! 声を出すな!」と観ながら思ってしまった…。

 

・声を出せるとき、全力で走っていいときのボーナスタイム感

 ここまで書いてきたとおり、基本的に声は出さない、動くときはゆっくり動く、がルールの世界観ですが、これを破ってもいい、というか破らざるを得ないときもあります。声よりでかい音が出てるとき、あるいはもうどうしようもなくクソやベーときです。

 このときはキャラクターも声を出しますし、全力で走ります。この緩急のつけ方がよかったです。

 もちろん、ヤバいけど声も出せない、というシチュエーションこそがベースにあって、それさえ超えた非常事態中の非常事態なんですが、この「どこでキャラクターに躍動性を取り戻させるか」というのが、とても上手かったと思います。

 最初は、キャラクターは本当に最後までしゃべんないのも演出的にありだったんじゃね、とも思ってました(あるいは、エンディング前のあの場面で母親が最初で最後、ひと言何か言うとか)。

 でも、クサすぎるかなと思い直した。音を立てたら即死、と言いつつ実はちょっと喋る。そういう、いまのかたちで良かったと思います。

 

・釘(主演)

 突然ですが、物語における主人公の条件とはなんでしょうか。

 それは、ストーリーで焦点が当たっているときはもちろんこと、姿を消しているときでも観客がそのゆくえを気にかけてしまう存在感であり、ひとたび画面に登場すればいやがおうにも視線を集めてしまう圧倒的な華(はな)を持っていることです。

 また、ミステリアスな部分などもあると魅力がより引き立つでしょう。

 『クワイエット・プレイス』においてその条件を満たすある存在がいます。釘です。

 釘は一家が住む家の階段から一本だけ突き出しており、物語の序盤、一家の母親が持つ洗濯袋のハシに引っかかるというかたちで鮮烈に登場します。

 絶対に音を立ててはいけないという条件の中現れた、階段から飛び出した釘。釘にズームするカメラ。

 この時点でもう観客は釘のトリコと言っていいでしょう。

 次に釘が出てくるのはいつなのか…。この映画は釘のことを考え続ける90分と言っても過言ではありません(ネタバレすると、釘の活躍は1回だけでした。俺は、最後は怪物が踏むと思ってた)。

 ミステリアスな部分はどこかというと、なぜかとんがった方を上にして階段に刺さってるところです。いったいどういう構造でああなってるのか。

 

 

 っていうか早く抜けや!

 

 

・わからなかった点

 序盤で、夜になったときに山の上に火が灯りますが、あれは一家以外の生き残りが燃やしてたんでしょうか(俺のカン違いか?)

 長女が怪物の弱点を認識したのは、どの時点?(補聴器をいじったとき? それとも、父親の作業室に入ってはじめて合点がいった?)

 

 これはマジでわかんないんで、わかる人がいたら教えてください。

 

おわりに

 そういうわけで、『クワイエット・プレイス』、とても面白かったです。

 ツッコミどころはないわけじゃないんですよ。というかけっこうある。

 怪物の強さが微妙だなー、とか(やや力押しすぎる。唯一、家の地下が水没する場面で水中に静かに潜る、あの動作は最高に気持ち悪くて最高だった)。 

 怪物の弱点があれで強さがあれぐらいなら、誰か気づくだろうし後は兵力でどうにかなるだろ、とか。

 メディアもある程度怪物の正体を把握するまで機能してたわけだし、なおさらそこから人類全滅せんだろ、とか。

 父親はああいう自己犠牲的な扱い方して欲しくなかったな、とか。

 っていうか釘はやく抜けや、とか。

 

 でも、それでも面白かった。まったく集中の切れない映画体験でした。興味のある方は、ぜひ観た方がいいと思ったので、以上、よろしくお願いいたします。