そこの君、ヤンジャンをコンビニの棚に戻したら『バトゥーキ』を買おうぜ、ということについて

はじめに

 基本的に題名の通りなんですが、そのままだとあんまりなので俺がこのマンガについてものすごく手のひらをかえしたところから話を始めます。

 

 例えばですね、タイムマシンを使って昨日の俺を今日に連れてきて今日の俺と二人で並んで立ったとしますよね。

 同じ人間の昨日と今日なのでほとんど一緒であって、なんならそのまま生活を取り替えることもできるのですが、ある部分だけ大きく違うところがあります。

 昨日の俺は、あるマンガのことを、ものすごく面白い別の作品を以前描いていた人があるとき錯乱して描き始めた得体の知れない上に読みづらい…というか、ありていに言ってつまらないマンガだと思っています。

 一方今日の俺は、同じマンガのことを前作とは少し毛色が違うけど、人をものすごく集中させる力のある傑作だと思っています。ちなみにこの俺は手のひらを急激に返したせいで手首が折れ曲がっています。

 このマンガこそが『バトゥーキ』です。

 

『バトゥーキ』は腰を据えて、できれば単行本で読まないと良さがわかりにくい

 言い訳なんですが、俺が『バトゥーキ』を当初ものすごく低く評価してしまったのはたぶん理由があります。

 大変恥ずかしながら、俺が最初に『バトゥーキ』を読んだのはコンビニでの立ち読みでした。そして一読して、なんて読みづらい上に子供の頭身と肩幅がおかしいマンガなのかと思いました。

 その後もヤンジャンの誌上で見る『バトゥーキ』はいつも読みづらく、子供の頭身と肩幅がおかしかった。

 それがなんで単行本を一日のうちに既刊2冊買ってそろえることになったのか。それは、一昨日漫喫で気まぐれに1巻の冒頭を手にとって再読してみたからで、ちゃんと集中して読んでみると、作品の印象がまったく異なっていることに気がついたわけです。

 腰を据えて読んでみると、『バトゥーキ』が多くの要素から構成された複雑な作品であることがわかります。多彩な視覚表現からナレーション、複雑なコマ割など。

 突拍子もないビジュアルとか第三者の目線で挿入される印象的なフレーズはおかざき真理の『阿・吽』に似ている気がしますが、もっと混沌としている。 

 じっくり向き合うことで、ようやくそれらを読み手の方で再構成することができ、やがて大きなうねりに乗っかって翻弄されるような陶酔感、集中があるんですけど、走り読みだと大まかな筋書きしか追えないので、それが「読みづれえ」となった理由だと思います。そういうことにしたい。

 なお、子供の頭身と肩幅だけはいまだにおかしいと思っています。

 

どれだけ強く、

 そんなんをふまえて、『バトゥーキ』の感想をもう少しくわしく書きます。

 ものすごく単純に言うと、『バトゥーキ』は格闘技のカポエイラをテーマに三條一里という少女の試練と成長を描く物語です。

 このカポエイラですが、蹴り技を主体にダンスとみまごう派手な動きで魅せる、最強格闘技議論におけるロマン枠の一つじゃないかと個人的には思っています。

 実際のところ、スタミナの消耗も激しそうだし、寝かされたら終わりのイメージがあるし、何より世の中の「何でもあり」ルールに出身者がほとんどいないことで、結局あんまり強くない可能性が高いですけど、一笑にふすのも抵抗を感じる存在感があります。

 カポエイラ、才能のある人がマジでやったらどこまで強いのか。『バトゥーキ』に期待していることの一つにそれがあります。

 今のところまだ町のチンピラを蹴り飛ばすのが主な使い道…と思いきや、おそらくかなりの使い手である打撃系ともマッチアップしていて、今後、ちゃんと理論立てた説明込みで、いわゆる最強議論に一石を投じて欲しいな、と思います。

 

どれだけ楽しく、

 もうひとつ、『バトゥーキ』で描かれるカポエイラはとても楽しそうです。

 音楽や舞踏とわかちがたく結ばれているということで、格闘技であると同時に表現手段、さらにはコミュニケーションの方法としても描かれていて、それが他のマンガにおける格闘技描写とは少し違うところです。

 子供同士の遊びとして紹介される場面も楽しそうだし、2巻まで読んで実は俺が一番印象に残ったのも、迫力の格闘戦ではなく、カポエイラの達人による「田植え」で花が咲く描写や、目の前の相手を理解し自分を伝える手段としての部分を強調して描かれたところでした。

 

そして、どれだけ自由であるか。

 読み進めるとわかるとおり、主人公・一里は実はものすごくハードな生い立ちを背負っています。この少女の生き様をカポエイラを通じて追っていく中で大きなキーワードとなるのが、強さ・楽しさを包含した上で描かれる「自由さ」であると思います。

 カポエイラはアフリカから奴隷として連れてこられた黒人たちが移住先のブラジルで権力に包囲されながら培った技術であるらしく、そのルーツ自体が自由という概念と深くつながっています。

 そのカポエイラが、一里をどのようにして解き放つか。

 物語の序盤、友達づきあいも娯楽も制限され、門限まで決められた不自由な一里は、2巻の終わりである意味自由を手に入れます。ただ、当然それは目指すものではないし、代わりに強大な呪縛も背負うことになります。

 頑張れいっち。ここまで面白いマンガに気づかなくってごめんな、と手の平返しで折れた手首をぶら下げながらエールを送るので、以上、よろしくお願いします(でも頭身と肩幅はマジで直した方がいいと思う)。

 

 

 

バトゥーキ 2 (ヤングジャンプコミックス)

バトゥーキ 2 (ヤングジャンプコミックス)