惨状と説教

誰か山から降りてきてほたえてから山に帰っていく記事。ブログ

2019年10月2日について

 日本人以外のアジア人はうるさい。うるさくて周りの迷惑を全く考えていない。日本以外のアジア人に恥という感覚などないのだろう。
 
 公共の場で大人数で移動しながらデカいスーツケースを引きずってデカい声で騒いでいるのはたいていアジア人。
 俺には広東語と北京語、上海語の区別は付かないから(韓国語なら響きはわかる)出身まではわからないが、連中が日本人でないことはわかる。とてもうるさい。
 
 それに対して日本人はとても礼儀正しい。
 礼儀正しいので、ときどき礼儀正しくない人がいると、とても目立つ。
 箱根で泊まったホテルのロビーはとても静かで、本なども置いてあったので、夜、それを読んでいたら、フロントの方でがちゃがちゃ騒ぐ大勢の声が聞こえた。
 その人たちは、「自分は金だけは持ってるんだ。金だけは」みたいなことをデカい声で言いながらコンシェルジュの人にしつこくからんで、居丈高に命令して自分たちの集合写真を撮らせていた。
 でも、こういうのは少数派だ。俺は知っている。大多数の日本人は誰に対しても丁寧でもの静かな民族だ。
 
 ホテルでの翌朝、ビュッフェ式のレストランで朝飯を皿に取っていた。料理の並んだテーブルの向こうから、ずいぶん幼い声で、ふにゃふにゃした鼻歌が聞こえた。
 アジア人の幼い女の子がそこにいて、口ずさんでいるのは俺の知らない、おそらく彼女の国の歌なのだった。
 その子が皿にフルーツを盛り付けていて、その盛りつけ方がとてつもなくヘタクソなので俺は目が離せなくなって、じっと見ていたら、少女は俺に気づいてビックリして黙り、少し恥ずかしそうにしたので、「ごめん、俺はただのおかしい日本人だから気にするな」というつもりで二、三回大きくうなずいて見せた。
 彼女はにっこり笑った。笑顔には前歯がなくてたぶん生え替わるところで、それでも花が咲いたような笑顔だった。
 
 日本人は物静かな人が多い。
 日本人以外のアジア人は騒々しく、恥という感覚を持たない連中が多い。
 
 俺はそのことを知っている。
 でもその「多さ」は、俺たちが思うほど「多い」だろうか。意外とそこまで「多く」ないのかもしれない。あるいは、全然「多く」ないのかも。
 そして俺たちの思う「多さ」が本当の姿から離れれば離れるほど、俺たちが失うものがあると思う。手に入らない、ではない。失うのだ。それは失い、失い続け、いつか消えていくものだ。
 
 でも俺は日本人の中でもおかしい日本人。
 だから俺がいっていることもたぶん間違っているのだろう。それこそ間違いのないことだ。
 
 以上、よろしくお願いいたします。