はじめに
時節柄、なかなか外出ができない。
実際に外を気ままにぶらつけないでいることより、『好き勝手出歩くなよ』という制限の存在の方が重苦しく、そのせいでかえって、ああ、遠くに行きてえな、という気持ちが強まってくる。
そういうわけなので、頭の中だけでも、遠くに行った気分になれる物語を集めてみた。みんなこれを読んで、少しでも閉塞された日常を忘れるとよい。
『みるなの木』
椎名誠の初期SFより。同氏の作品では、他にも『武装島田倉庫』や『胃袋を買いに』などもおすすめ。
漫画で同じような感触の作品を挙げようと思っても見つからない、きわめて特異な作品群なので、小説から唯一、今回のテーマで取り上げた。
俗に『北政府もの』と呼ばれている(らしい)これらの物語の中では、世界はもれなく破綻しており、化学兵器によって汚染されきっており、泥と雨、鉄錆の中を、異常な進化を遂げた生物たちがうごめいている。
人間はその世界で懸命に、文字通り「命を懸けて」生活している。それは何かを守ることであったり、運ぶことであったり、攻撃することであったり、飯を食うことであったりする。
この物語を読んでいると、小説とはまさに、文字と言葉で世界を創っていく行為なのだと実感する。
ぎゅう、と圧をぎちぎちにかけて詰め込まれ、読むと湿気と怪奇生物の息遣い、機械油の匂いが立ち上ってくるような文章。何者なのかまったく説明もなく挿入される生物や植物の名前。
人間はこの世界の中で、生き物としても、あるいは紙面上のスペースとしても、わずかな存在感しか与えられず、狭い隙間でかろうじて生き延びているに過ぎない。
ただ、椎名誠のすごいところは、その限られた生存権の範囲で、人間の力強さ、生命力を負けずに描き出すところなんだよな。
なお、似たような感触の作風でさらに世界の異常性を強化した作品に、酉島伝法の『皆勤の徒』がある。「理解したい」という読む側の気合いを試すようなハードコアな作品だが、椎名SF既読者には薦めたい。
『おむすびの転がる町』
「街並み」を本気で描かせたら右に出る者のいない、panpanyaの最新作。
気楽に外を出歩けなくなって実感したことの一つに、近所をフツーに歩く、という行為を自分がいかに愛していたか、ということがある。
そういう意味では、地理的にどんなに遠くを、あるいは異界を描き出す作品よりも、その辺の街路を精緻に描き出した風景にいやしを感じるときもある。
ポイントは、その精緻さが常軌を逸しているというところで、がっつりと陰影を描きこまれ、ときとして歪みを加えられた街の風景は、愛おしさと同時に、確かな恐怖をはらんでいる。
夢の中の風景というか、子供の頃に見る街の印象というか…。
住宅があり、坂があり、カーブミラー、マンホール、道路標識があり、その世界はどこにでもある街の姿のはずなのに、これを読むとき、俺たちは確実にどこかをさまよっている。
一方、出てくるキャラクターはノー天気でポップだ。そこが安心できる。
何かしら妙な使命を与えられた主人公と一緒に、平凡だけど不可思議、どこにでもあるけど奥行きのある「ただの街」を堪能してほしい。
遠くに行く(気持ちの中で)。『移動』をテーマにした創作5選+αについて②はこちら。