『東京伝説―忌まわしき街の怖い話』について

はじめに

 評価は次のように行います。

 まず、総評。S~Dまでの5段階です。

 S…価格、提供される媒体に関係なく手に取るべき。恐怖のマスターピース

 A…購入推奨。もしくはkindle unlimitedにあればぜひ勧める。恐い。

 B…購入してもよい。もしくはkindle unlimitedにあれば勧める。

 C…図書館で借りる、もしくはkindle unlimitedなら読んでもよい。

 D…読むだけ時間のムダ。ゴミ。(少なくとも俺には)。

 

 続けて、本の中で印象に残った作品を評価します。

 ☆…それ一品で本全体の価格を担保できてしまうような作品のレベル。

 ◎…一冊の中に三品以上あると、その本を買ってよかったと思えるレベル。

 〇…一冊に七〜八品あるとその本を買ってよかったと思える作品。

 

 最後に、あらためて本全体を総評します。

 

 こういう書き方をするのは、初見の人に本を勧めつつ、できるだけ先入観を持たない状態で触れてほしいからで、評価が下に進むほど、ネタバレしてしまう部分も増える、というわけです。よければ、こちらもどうぞ。

 実話怪談という「本」について - 惨状と説教

 

総評

 A。

 平山夢明作。2004年刊行。

 

 超常的な怪異を扱った心霊系とはまったく切り口が異なる、いわゆる「人間が一番怖い」系の話を集めたシリーズ第四作(※角川春樹事務所発行のものを除く)。

 狂気と悪意が渦を巻く中に、人間の感情の悲哀をかすかに感じるのがこのシリーズの特徴で、今作も男女関係を中心にそれが表れている。

 また、闇の社会科見学というか、特殊なブルーワーカーやその筋の生業の仕事を知ることができるのも ポイントで、今回も色々と、「勉強になる」話が多い。役に立つかは別として。

 

各作品評

 ある転倒…◯
 レンジゴト…◯
 惹句…◯
 無音…◎。後述。
 愛犬家…◯
 二十日鼠…◎。オチはオマケみたいなもので、激昂したときの老人のある描写が壮絶。
 呆気Ⅰ…◯
 公衆電話BOX…◯。後述。
 石膏…◯
 わきめもふらず…◯。フェティシズムって、頑張って理解できるかできないかギリギリの境界にあるのが一番気持ち悪い気がする。
 28日後……◯。正しく奇談・珍談。
 税吏異聞…◯。最後がさすが平山夢明というか、プロに対して別のプロから仕入れた情報でアドバイスができるって、物書きの一種の理想形だよな、と思う。
 都会の遭難…◎。後述。
 

あらためて、総評

 第1作2作と比較すれば、読んでしまって心底後悔するような殺傷力はないものの、やはりものすごく面白い。

 

 『公衆電話BOX』は 、これは確かにどうにも対処できないなあ、と。彼氏のリアクションも、これしか取りようがないだろうし…。

 なんか笑ってしまった。恐怖体験だけど、こういうのを読むと、得したようでなぜかうれしくなる。

 

 『無音』は珍しい話。というのは、東京伝説シリーズからは基本的に、心霊的・オカルト的な要素が排除されているからだ。

 「いかにもオバケのしわざ」と思わせつつ、結局人為的なものだったとしてオチのつく話もあるぐらい、シリーズとして「アンチオカルト」が徹底している中で、この話は貴重。その着地のしかたも得体がまったく知れず、不気味でよい。

 

 『都会の遭難』について。この作品に関しては語ることが二つある。

 一つは、心霊を排した恐怖を表現する上での本質が表れているということで、それはすなわち、この社会で、人は誰でも簡単に、誰からも救出できない窮地に陥ってしまう、ということだと思う。

 お互いのライフスタイルに関する情報は、昨今簡単に共有できるようになり、災難や事故からの救済手段も整備が進んだ。

 そういうご時世なので、「こんな酷い目に遭った。単独で耐え忍ばなければならなかった」という体験は、ともすればリアリティを失いがちだ。それどころか、当人の油断、過失として叱責されることさえある。

 それを、対処のしようがない理不尽な恐怖として説得力を持たせるためには、どうすればよいか。

 そのためには結局、俺たちが、自分の隣の家(部屋)で何が起きているかさえ、本当は知らないということ、物件というのは壁一枚隔てるだけで完全なブラックボックスと化すことを、丁寧に詰めていくしかないのだと思う。『都会の遭難』で示されているのはそういう描写をしっかり重ねていく、作家としての真面目さだと感じる(まあ、それで描かれていくのは体験者が地獄に沈んでいく様子なんだけど…)。

 

 もう一つ触れておきたいのは、本全体を通じて「フラれた男が逆上して彼女を攻撃してくる」というパターンが頻出しており、それによって上がったハードルを、最後にまた超えてきた、という点である。

 この「フラれた恋人」のパターンが多いこと自体は、俺は今作の欠点だと思っていて、正直、また、そういう話? と読んでいて感じることがあった。

 ただ、『都会の遭難』はそのマンネリ、もうよっぽどの話じゃないと驚きも怖がりもしないよ、という上がりきったハードルを力尽くでよじ登って超えてしまう恐怖と不快さのパワーがあって、脱帽した。「部屋は〇〇になっていた」…終盤のこの一文に全てが込められている。

 

 第24回はこれでおわり。次回は、『「超」怖い話 子』を紹介します。以上、よろしくお願いいたします。