はじめに
「…?」
実話怪談を読んでいると、ときおり、こういう以外に表現できない気持ちになる話にぶつかる。
どこの感情のボタンが押されたんだか、自分でもよくわからない。色んな気持ちが同時に湧き起こっているのか、まったく未知の感覚なのか…。
「…?」
こういうヘンテコな話は、連作になった実話怪談の中でとても大切な役割を果たす。
「怖い」話で溜まってきた疲れやマンネリを、「奇妙さ」は清めてリセットしてくれる。
こういう話がいくつか収められている本はそれだけで豊かだ。怪奇の世界がぐっと広がる。
恐怖の対象としてカテゴライズされているオバケや妖怪も、きっと大昔は、名状不可能なわけのわからない存在だった。「…?」は怪異の始原の姿、未来のオバケなのだろう。
というのは前口上。
結局のところ、奇妙さはただ変であるだけで素晴らしい。「…?」の役割、正体、そんなことを悩むのはまったくの野暮、蛇足ってやつだ。
前回、恐怖10傑を決定するにあたって過去の作品群を回想して感じたのは、わけのわからない奇妙な話についても、触れないわけにはいかない、という使命感だった。
恐怖や不快感が、その強弱によってある程度数値化ができる一方、奇妙さに関しては自分の抱く感想からして不確かなので、決めるのは大変だった。でも、とても楽しかった。
紹介します。これが、100冊書評第一四半期の全25冊から選ばれた、「…?」10傑だ。
「…?」10傑
内容についてクドクド事前に聞いてしまうと、いざ実物に触れたときに感動できない、という人もいるだろうから、先に順位だけ発表します。
興味を持たれた方は、ぜひそこで止めて、本の方を手に取ってください。怪談としても、その方がきっと幸せだと思います。
・9位 庭に咲いた地底人のはなし(『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)
・8位 お盆を運ぶ(『琉球奇譚 マブイグミの呪文』収録。小原猛作)
・5位 きはだ(『宵口怪談 無明』収録。鳴崎朝寝作)
・4位 良い方の娘(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作)
・3位 右側だけ(『異界怪談 暗狩』収録。黒史郎作)
・1位 なんらかの影響(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作)
各作品評
どこにも繋がらないはずのものが何の因果かチャンネルを開いてしまい、突拍子もないところからあふれてくる。
混乱するシチュエーションだが、そこに理屈は…なんとなく、見えなくもない。
作品にネガティブな感情の実在を感じるのがその理由で、古来、負の念を使って自然の摂理を曲げることを、オーソドックスに呼びならわす名前がある。「呪術」だ。
ただ、うっかり呪術を使ってしまった側も、それを目撃した側も、何がなんだかわかっていないので、会話がヘンテコになってしまうのだった。不穏さとコメディが混じり合う作品。
9位 庭に咲いた地底人のはなし(『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)
まったく何の話だかわからない。怪談なのかさえ不明である。
それでも、「意味のわからん話すんな!」といって放り出すことができないのは、怪異(? なのか? それさえよくわからない)一つ一つに、細い髪の毛ひと筋ぐらいの関連性が見えてしまうからだろう。
この話に限らず、よく書けた「…?」は、つながりがあるんだかなんだか、そのとても絶妙なところをついてくる。そのため、単に意味不明、で投げ捨てることができない。
ただ、朱雀門出の場合、記事に書いた通り本人がどういうつもりでこんな話を書いてるのかからして不明なため、それが気味の悪さに拍車をかけている。
8位 お盆を運ぶ(『琉球奇譚 マブイグミの呪文』収録。小原猛作)
沖縄ならこういうこともあるだろうな(偏見か?)、と腑に落ちてしまう話。
とにかく、読んでいて脳裏に浮かんだ光景のトリコになってしまった。
夕暮れどきの空高く、官女らしき何者かが静々と渡っていく。緊張感がありながら、どこか鷹揚である気もする。奇っ怪さと美しさも混じり合っている。
邪悪なものではないのだろうが、といって、交流が可能とも思われない、この距離感もまた素晴らしい。
読む悪夢としか言いようがない。
例によって朱雀門出からは「こちらを脅かしてやろう」という意気込みを感じないので、ただただわけがわからず、なおさら気味が悪い。
悪質なことに数がたくさん集まっており(『真実の世界』は複数の話につけられた総合の題名である)、うっかり2~3話読み始めると、「あれ? あれ?」と思う間に得体の知れないものがぞろぞろ読者の精神に侵入してくる。
たぶん、語った側としてもえぐり出して捨てたいような記憶なのだろう。それが活字になってしまったせいで、そんなものがどんどん世に増えることになる。
きわめて不穏で、まず間違いなく災厄を招く原因なのだが、その正体を読み解くことができないので見ているしかない、という話。
攻略法のわからん妖怪ほど手に負えないものはないな、と思う。
話に出てくるジイさんも、なんだかわからんのなら、そもそもハンパなこと言うなよ、という感じだが、これも実は人の口を借りてしゃべらされているのだろうか。
そう考えるとますます気味が悪く、手に負えない感じが強まる…と同時に、怪談とは、人の口を借りてこの世に降りてくる怪異であるという、割と本質的なところが見えたりもする。
5位 きはだ(『宵口怪談 無明』収録。鳴崎朝寝作)
本来関係のないもの同士が、何かの間違いでつながってしまった話。
個人的な体験のような、薄皮をめくった世界の真相が見えてもいるような。肌に浮かんでいたという痣は何かの手がかりを思わせるが、とにかく、なんだろうな、実話怪談の良さってこういうところだ。
恐怖という感情を呼び起こすはずの災厄が、あっけらかん、淡々と処理されてしまっているところも素晴らしい。
語り手にとって重要なことは、全然そんなところになかったのだろう。その心情を読者に想像させる、そこもまた良いと思う。
4位 良い方の娘(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作)
わけがわからないと同時に、真相も絶対知りたくないというか、何も考えたくなくなる。ある意味できわめて恐ろしい結末。
ひょんなことから大きな闇を抱え込んでしまったわけだが、なんとなく、それが価値観の相違とか、妻への遠慮とか、とても世俗的なところで処理されかかっている感じがリアルだ。
1位につけた『なんらかの影響』と同じく、小田イ輔のセリフの起こし方が本当に巧み。平穏な会話のさ中、「…?」と緊張と不穏さがいきなり振り切れる瞬間がよくわかる。
怪談。と同時に、(おそらく意図的に)怪談というジャンルそのものに対して「メタを張った」傑作。
◯◯が起きたのは、△△だからだろう、という具合に、人間は目撃した怪異に対して、あらゆる理由を思いつくことができる。
面白い、と同時に不毛なのは、まったく反対の理由からでも怪異の説明ができてしまうことだ。
例えば、この世から失われたのは右側だった、だからその「右側の霊」がのりうつってきた、とも考えられるし、失われたのは左側だった、それで無事に残った「右側の霊」がのりうってきた、と考えることもできる。
『右側だけ』で茶化されているのは我々のそういういい加減さであって、そこにひそむ虚しさみたいなものが、怪談としての落としどころになっている気がする。
4ページだけの作品なのに、なぜこうもたっぷりとした感じがするのだろうか。
語り手と恋人の女性。幼い頃に指を失い、奇妙な能力も得た恋人だが、二人の関係性は、そんな怪異なんて関係ないところで完結している。
穏やかに過ごしてきた思い出と、ともにいられない将来の予感。
意識が真逆の方向に同時に向いていることが、短い話にこうも奥行きをもたらすのか。最後に起きる異変は、叶わなかった未来そのものだろう。
怪談というフォーマットでこういうことができるんだな、と感動を覚える。
1位 なんらかの影響(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作)
題材となっている女性が何を言ってるかもわからないし、それが怪談としてなぜか成立している事実もわからない。
トータルでわけがわからない。
わけはわからないが、面白い。何が面白いのかわからないが、それこそ「なんらかの影響」でそう感じているのだろう。
女性の言動には、何か重大な秘密があるのだろうか。
「ビル」や「河童」という単語を、彼女は本当にビルや河童の意味で使っているのだろうか。
彼女は本当は何を言おうとしているのか。疑問は尽きない。
なんにせよ、話が不穏さになりすぎないよう、友人の言葉がいい感じにきいている。
こういうセリフを書き起こせるのが小田イ輔のすごさだ。キング・オブ・「…?」の栄誉を授けたい。
以上、よろしくお願いいたします。