はじめに
評価は次のように行います。
まず、総評。S~Dまでの5段階です。
S…価格、提供される媒体に関係なく手に取るべき。恐怖のマスターピース。
A…購入推奨。もしくはkindle unlimitedにあればぜひ勧める。恐い。
B…購入してもよい。もしくはkindle unlimitedにあれば勧める。
C…図書館で借りる、もしくはkindle unlimitedなら読んでもよい。
D…読むだけ時間のムダ。ゴミ。(少なくとも俺には)。
続けて、本の中で印象に残った作品を評価します。
☆…それ一品で本全体の価格を担保できてしまうような作品のレベル。
◎…一冊の中に三品以上あると、その本を買ってよかったと思えるレベル。
◯…一冊に七〜八品あるとその本を買ってよかったと思える作品。
最後に、あらためて本全体を総評します。
こういう書き方をするのは、初見の人に本を勧めつつ、できるだけ先入観を持たない状態で触れてほしいからで、評価が下に進むほど、ネタバレしてしまう部分も増える、というわけです。よければ、こちらもどうぞ。
総評
S。
鈴木捧作。2020年刊行。
各作品評
あらためて、総評
二人のすぐ後ろから、パーマが伸び切ったような髪形の陰気な女がついてきている。…『旅番組』
時間は午後一時を少し回ったところだ。
太陽がアスファルトの地面を容赦なく焼いていた。…『花瓶の中の世界』
あれは人ではなくて、観光地や映画館などの記念撮影スポットにある「等身大パネル」だ。少し角度を変えて眺めると、結構厚みのある発泡スチロール素材だということまで見てとれる。…『パネル』
それを見た瞬間、目の後ろあたりに氷を押し当てられたような鋭い感触があった。…『ゲルニカ』
このとき時間は深夜一時頃だったが、確認するのは翌朝になってからの方がいい、と直感が告げていた。…『天袋』
なんというか、悲しいかな結局は虚構として処理されがちな実話怪談というジャンルにおいて、さりげなく、しかし鋭く、一瞬で「リアル」にピントを合わせるような文章だと思う。物語の解像度が上がるというか、怪談的に言えば部屋の空気がいきなり冷える、陰影が濃くなるような感覚がある。
『父の書斎』について。親しいはずの人間と人間の関係にも存在する、立ち入ることのできない部分からもたらされる寂しさや諦念のようなものがあって、この本の他の作品にもそれは共通している。
恐怖だけではなく、わかりえあえなさからも怪異は生まれる、というのは俺の好きなスタイルだ。いま、少なくとも表面上は何の問題もなく見える人間関係は奇跡のようなものでしかなく、それが崩れる可能性が未来には無数に潜んでおり、怪異はときとして、それを先回りまでして見せつけることがある。
すごいのは、もの悲しい一方でしっかり「おっかない」というところで、『パネル』や『獣』などはかなりゾクゾクさせられる。もしかして、相手の心理に立ち入りすぎたからこそ破綻を迎えたのだろうか? こんな結末になるぐらいなら、少し距離感を感じさせてさびしいぐらいが俺たちには丁度いいのか? …そんなことを考え出すと、なおさら悲しい。
こういう人間の悲哀みたいなものが見え隠れする一方で、『ゲルニカ』のような、楽天的というか、人間の強さ、潜在性みたいな話が混じっているのも面白い。不可解さに対して途方に暮れる瞬間と、未知をパワフルに探求する瞬間と、その振れ幅みたいなものが広く感じられて良いのだが、怪談という営みにとってわりと本質的なことかもな、と思う。
『淵を覗く』について。現代の怪談と巨大水棲生物の組み合わせ(しかも正体が淡水なのにアレですよ?)という時点で個人的には役満だった。子供時代の夏の思い出という抒情性、最後にもってこられた、世界のシッポをつかんだような、それでいてまったく意味不明で宙ぶらりんになるようなオチも含めて、素晴らしいと思う。大好きです。