生きている幽霊について

 ポール・オースターの『孤独の発明』という本で、若き日のオースターと思われる男性が、自分の部屋が電話帳から抹消されているのを知ったときのエピソードが紹介されている。

 都会の一画に埋没したような陰気な部屋だったらしいが、一応、電話機もあれば回線もつながっているため、電話はかけられる。しかし、電話帳には載っておらず、なぜか、まったく電話代が請求されなかったという。

 こんなことで問題ないのか、と電話会社のオペレーターに確認しても、「でも、電話帳に載っていないんでしょう? (であれば、問題ありません)」と言われてしまうのだった。

 どういう背景でこうなってしまったのかまるでわからない。無銭で電話がかけられるのだからツイている、という気持ちもあるだろうが、俺には、オースターが感じただろう不安がなんとなくわかる気がする。

 幽霊が間違いなくやらないことがあって、そのうちの一つは金を払うことだ。そういう話である。

 

 昨年の暮れ、あまり開けることのない俺のポストに電力会社から一枚のはがきが入っていた。糊付けを剥がして中を読むと、次のようなことが書いてあった。

 「当社はお前の家に電力を直接供給している会社である。お前は電気をパッケージとして売っている◯◯という会社と契約しているが、この◯◯社と提携して、お前の家に送電しているのが当社である。」

 「先日、お前が契約しているパッケージ会社から、『こいつは電気代を払わないから送電を停止してくれ』と指示があった。だから、2022年1月初旬に電気を止める。困るなら、どこかのパッケージ会社とあらためて契約を結んで、当社に連絡するように。」

 

 俺ははがきを読んでしばらく黙っていた。

 この厳冬に電気が止まるのは困る。

 困るのだが、それとは別に、「電気代は払ってるよな?」「でも、払ってないというと、もしかしてアレのことだろうか?」という、腑に落ちないのと落ちるのと、両方に襲われて黙っていたのだ。

 

 去年の夏ごろ、俺はものぐさがきわまって電気料金を払っていないことがあった。

 夏「ごろ」というのは普通、夏季における一定期間を示すための表現だが、この場合はひと夏丸ごとを指しており、言い換えるとおそらく、6~8月あたり完全に支払っていなかった。

 もちろん、まともな人はこういうずぼらで不愉快なことをしない。

 もう一つ付け加えると、まともな人は自分の恥ずかしい性分をわざわざ文章でさらさないだろう。

 つまり、俺は二つの点でまともから逸脱していることになるが、それはいい。とにかく払っていなかった。

 そのうちに、ポストにはがきが一枚投函され、「いい加減に電気代を払え馬鹿野郎」という真っ当な通知があったので、俺は電気料金を支払った。

 自分でも不潔感を覚えるような話だが、とにかく支払ったのだ。そして、それ以降は毎回、送られてくる払込み票にしたがって料金を納めている。

 

 それがなんで止まるんだ? という気持ちと、やはり、あの不払いが原因で止まったのか、という気持ちの二つがある。

 とにかく、電気がなくなっては困るので、俺は状況を確認するため、契約していた◯◯というパッケージ会社に連絡した。

 その結果、かなり奇妙なことがわかった。

 俺が電気代を滞納していた9月時点で、パッケージ会社は電力に関する俺との契約を停止していたという。それ以降、払込み票によって俺が支払っていたのは、パッケージの中で電力部分を削って残ったガスの料金だけだったらしい(どうりで、やたら安いなとは思っていた)。

 当然だが、9月から後も俺は自宅で電気を使用している。

 俺はそのおかげで米を炊いたり、『ジェイコブズラダー』という映画をPCで観て生きる気力をなくしたりしていたのだ。

 しかし、その時点ですでに、電気に関するパッケージ会社と俺の契約は終了していた。

 そうすると、いま俺の家に送られている電気は一体なんなのだ? そして、その間の電気代は、いまどこに浮いているのだ?


  「大変恐縮なんですが、わたし、9月以降の電気代を払っていないようなんですけど」

 9月からはガスの契約のみしか発効していない、と◯◯社に電話口で通達されたので、俺は訊いた。

 電話口のオペレーターは困惑しているように思えた。

 この男が言っていることの意味もいまいち不明瞭なら、そもそも、何ヶ月も電気代を滞納するような人間と会話すること自体が面倒であり、仕事だから対応せざるを得ない、という感じだった。

 俺もそれはわかる気がしたし、相手に申し訳ないような、自分への嫌気が深まっていくような、だったので、「希望すれば契約の再開は可能である」ということを確認すると電話を切った。

 

 いま、俺の部屋に送られてきている電気の力を借りて文章を書いている。

 あのあと、結局、◯◯社とは別のパッケージ会社と契約して送電停止は回避した。

 ただ、いま文字を打っているPCやエアコンや加湿器を動かしているのが、9月以降送られていた正体不明の電気なんだか、すでに新しく契約した電気に切り替わってるんだかわからないで、不思議な感じがする。電気に色がついているわけではないが、なんなのだ? という気持ちになる。

 幽霊は金を払わない。

 これを、金を払わない=幽霊である、と展開するのは論理の誤りだが、まともに生きている人間ではない、ぐらいは許されそうだ。そして、生きるというのはある程度、「まともに生きる」ということである(と思う)。

 そして、俺はこれでも、まともに生きたいのだった。払うべき金を払わないのは得でもなんでもなく、自分の存在を水で薄めるような不安があるものなのだった。

 ただ、根がアレなのでどうも毎月払込み票をコンビニに持っていく自信が生まれない。オペレーターにお願いした「この文書を返送すればお前のような愚か者でも失念しないようにクレジット決済にしてやるよ」という郵便が来るのを、いまは待っている。