穴について

 勤め先の駅にあるゴミ箱を職場からの帰りしなに見ると、ゴミを詰め込んで詰め込んで詰め込んでゴミ箱の口からビニール袋が変なかたちのまま飛び出して、ゴミとゴミの隙間にまでこれでもかというほどゴミが差し込まれ、さらにその上にゴミが乗せられていて、見るたびにげんなりする。

 家庭ゴミを放り込んでいるやつがたぶんいるんだろう。

 一方で、まあ駅にゴミ箱を置いたらそうなるだろうな、とも思う。

 善し悪しとは別にそう思う。

 善い悪いで言ったらそんな捨て方をする奴が悪いに決まっている。おかしな捨て方をする奴が100:0で悪い。

 ただ、駅にゴミ箱を置いたらこうなるだろうな、とは思う。

 

 星新一の作品に『おーい でてこーい』というショートショートがある(有名な物語なので内容は省く)。

 この話からはいくつか教訓が得られる。

 そのうちの一つは、穴が空いたら人は必ず、いつかそこにゴミを放り込むということだ。

 仮に唐突にでかい穴が空いたとして、いきなり物を投げ込んだりはしないだろう。みんな、最初はきっと警戒する。

 しかし、おいおい、いつか必ず、人はそこにゴミを放り込むのだ。

 それは、俺たちが基本的に手放したいゴミにまみれて暮らしており、どこかにこれを捨てられるデカい穴がないかなあ、と無意識に考えながら暮らしているからだ。だから、近くに「穴」が空いた時点で、早かれ遅かれ不可抗力的に、いつかその穴を「こいつはゴミをぶっ込んでもオッケーだな」と考えるようになるのだ。

 

 俺たちは、人間はそういう運命にある。

 そういう風にできている。

 そして、このショートショートの一番の教訓は、言うまでもなく、ゴミを放り込んだ穴の先は俺たちの頭上に続いている、ということだ。

 

穴が空いたので

 ある自治体の業務委託先が、大量の住民の個人情報が入ったUSBメモリを紛失して大変な騒ぎになった。

 俺が困ったわけではないので、あんまり細かく書きたくないが、重要なポイントになるので言及しておくと、その件数は46万人分だったそうだ。

 

 俺が関心を持ったのは、この紛失事件のその後で、当該の自治体にはこの件で一日に1万6千件超の電話問い合わせがあったという。

 うん? と思う。

 住人が46万人で電話が1万6千件ということは、単純に計算して住人の約30人に一人が一日の間に電話してきたことになる。

 あり得るだろうか?

 正確に言うと、これがすべて「自分の個人情報の行方を心配した当該自治体の住民からの電話」ということがあり得るだろうか?

 

 おそらく、あり得ないだろう。

 46万人の中には、子どもや日中働きに出ていて電話をかける余裕のない者、そして、「そもそも電話で聞いてもどうにもならないと考えている者」や「根本的に無関心な者」も多数含まれているのだ。

 それらを差し引いたうえで、一日で1万6千件という電話には、おそらく達しない。

 そうなると、たぶん、何割かは「お前が別に困ってるわけじゃねえだろう」という外部の無関係の奴が混じっているはずだ。

 

 ※ 一方で、1万6千件というカウントの方法にも不明点はある。

 例えば、一件の電話が挨拶⇒要件をきく⇒回答を返す、というやり取りで3分間必要とすると仮定する。

 このとおりなら、1万6千件ということは、×3分で4万8千分の通話が発生したことになる。役所の仕事が9時から17時の8時間労働(480分)だとすると、電話対応一人あたり、4万8千分の1%しか処理できない。100人体制でようやくトントンということだ。

 もちろん、そういうシステムで対応したのかもしれないが、これはこれで「?」という感じはする。 ※

 

 個人情報を業者を通じて紛失したことで、この自治体は、ある意味で、日本全国に向けて「穴」を空けたのだと思う。

 上で書いたとおり、俺たちは自分たちの近く、もしくはアクセスできるところにデカい「穴」が空くのをじっと待っていて、そこにゴミを投棄したくしかたがないのだ。おそらくこの自治体は、その感情に向けて穴を空けたのだ。

 1万6千件の電話というのを記事で見たとき、俺はそういうことを思った。もちろん、中には自分の情報の行く末が心配で電話をかけた住人もいるだろうから、すべてがすべてゴミというわけではないのは付記しておく。

 

 『おーい でてこーい』と同じことがこれから起きるとすれば、この自治体が空けた「穴」に俺たちが放り込んだ見当はずれの怒りや悪意や嘲笑や暇つぶしは、これから時間をかけて、俺たちの頭上に降ってくる。

 問題は、俺たちが自分の頭に汚くて危険なゴミがぶちまけられたとき、それがかつて自分が捨てたものだと認識できるわけではないということだ。

 そういうことで、むかっ腹が立つと、また、「ああ、どっかに『穴』が空かねえかなあ」という気持ちになるので、ははっ、と笑ってしまう。

 どうにもならないな? と思うし、言うまでもなく、この文章も「穴」に投げ捨てる一つのゴミに過ぎない。