ゾンビがカンフーを使って何が悪い
同じ時期に公開されたアジアのホラー映画だと『女神の継承』の方が圧倒的に怖くて、完成度という点でも優っていたと思う。
『哭悲』も『女神の継承』も、どちらも全編にわたってすごく暴力的で救いがないんだけど、『哭悲』では『女神の継承』で感じたような、観ている側まで追い詰められるようなストレスはなかった。邪悪なものがスクリーンを超えて現実に染み出してくるような気配もなかった。
というか、どっちかっていうとトンチキというか、『哭悲』はどこかすっとボケた映画だったと思う。なんなら、冒頭のウイルスが変異するCGからしてトンチキだった。
単純に、ゾンビ化した人たちがみんな楽しそうだったから、というのもあるかも(…ゾンビでいいんだよな? 「よみがえった死者」ではなく、「病気で暴力的&ハイ」になってる系です)。
感染して楽しくなっちゃってたら、タイトルの「THE SADNESS」ってのはおかしくね? ということで、ここは不満というか、もったいないと俺も思っていて、このあと書く。
ゾンビ化した人たちがガンガン人を刺したりぶっ飛ばしたり、カンフーっぽい蹴りを見せてくれたり手榴弾で人を爆破したりする。
この感じはどこかで体験したことがあるな〜と思ったら北野映画なのだった。
以前書いたけど、俺は映画の暴力シーンを観ていると笑ってしまうことがあって、北野映画で人が脈絡なくぶん殴られたり重機に吊るされて海に沈められたりすると爆笑してしまうんだけど、『哭悲』も同じ感覚を覚えた。
そういう、陽気な暴力をみんながどこかエンジョイしてる雰囲気があるので、怖さや絶望感でいうと、そこまででもなかった。
エンジョイといえば、おじさんのウインクがよかったな。このおじさんというのは電車内でヒロインにからむ、うだつの上がらなさそうなサラリーマンなんだけど、この映画の第三の主人公と言っていい。
おじさんは感染してから、以前から目をつけていたヒロインを追いかけ続けるメインヴィランになる。最初は傘だった装備が防災用の斧になって攻撃力が上がるところも、ドラクエとかの主人公っぽい。
とんでもなく非道なキャラクターのおじさんは、一方で明らかにファニーに描写されていて、それが映画のトンチキさを増しているというか、『JOKER』みたいにしたかったのかなあ。だとしたら失敗してるとしか言えないんだけど、そこが面白かったりするので難しい。
グロテスクさも、個人的にはそんなにキツいと思わなかった。延々と人が傷つけらる描写が続くんだけど、破壊されているというより、真っ赤なゼリーの塊がぶっかけられて顔や体に貼り付いてる感じ。
ダメージを負っても「損傷」とか「変形」って感じがあんまりないのも、この作品に悲惨さが薄い理由かも。血糊の量はすごい。
あと、音楽の挿入とか映像の早回しとか、演出がけっこうかかるのも人工っぽくて、恐怖感を遠ざけてた気がするなあ。
一方、他の人の感想を読んでると、怖かった、という人もいるみたいで、ホラー映画ってマジで評価が難しい。
俺の仮説では、北野映画とか『ガキの使い』で、理不尽な暴力を観ると笑ってしまうやつだと怖さを感じないのでは、と思っているので、参考にしてください。あと、性暴力の場面が多いので、そういう点でも鑑賞は注意。
色々ともったいない
ここからネタバレありで。
仕事に出かけた先で感染パニックに巻き込まれたヒロイン(カイティン)を救出するため、男主人公のジュンジョーがバイクに乗って、ゾンビの群れをかいくぐりながら台北市内を捜索する、というのがメインストーリー。
カイティンの勤め先がどこかとか、バイクでまっすぐ行ったらどの程度時間がかかるとか、そういう情報はあまり出てこない。そのため、ジュンジョーがどういう計画でカイティンの元に向かっているのか、よくわからない(うまく合流できたとして、その後感染者たちの中でどうするつもりだったのかもわからない)。
途中でジュンジョーが山みたいなところに着くと、トンネルが潰されてしまっているのだが、あれはカイティンの勤め先への道だったのだろうか。しかたなく方向転換する途中で、ゾンビの集団と軽くモメる。
行き当たりばったりというか、ずっと天気がいいのもあって、なんかゆるいロードムービーみたいだ。もちろん、都合よくヒロインのところに真っすぐ到着できない方がリアルかもしれないが、そこの現実感はいらないんだよな…。
一方、途中でゲットした鎌がジュンジョーのアイコンになったのは上手かったと思う。このおかげで、画面に顔が映ってなくても、それがジュンジョーだとわかるので(これが後半、生きてくる)。
ウイルスが精神にどう影響するかも、なんだかブレていて、① 本来の暴力性や性欲が過剰に促進される(⇒悪人がさらに悪に)と、② 自分でも望んでいない残酷なことをやりたくなってしまう(⇒善人が悪に)が混在している気がする。
基本的に①なんだろうけど、後半は②と説明されているような気もして、どっちなんだよ、という。
実際のところ、「人間という生き物は、常に自らの悪意に苦しみながら、それを押し殺して善を保っている」という理解なら、①と②は矛盾しないし、作品のメッセージ的にはそれが正しいと思う。ただ、そこの説明は足りてないよな~と思う。
そして、「THE SADNESS」の描写についてだ。ウイルスに感染して暴力的になった人々も、罪悪感は残っているので、悪事を働きながらも涙を流す、という説明がされている。
ただ、劇中で涙を流した感染者はあまりおらず、基本的にみんな、明るく楽しく暴力を振るっている。全然、SADNESSじゃない。
これはすごくもったいないことだ。この設定を生かせば映画館の観客のメンタルを地獄の底に落とせそうな、そういうナイスな発想なのになあ、と思う。
一方で、良かったところもたくさんある。
・序盤、近くの家屋の屋上に大量に出血した人物が現れるところ(不穏で良い)
・ヒロインを駅に送る途中で見かけた、シーツをかけられた血みどろの遺体(不穏で良い)
・感染して飛び降りてくる人。ここ、絶望感あって好き。この場面以外、感染者がみんな他傷に向かうのは、この映画がホラーとしてすごく損してるところだと思う。
・テレビ放送がほぼ停止してしまっている中、たまたま映る不気味なアニメ(不穏で良い)
・町内放送(本格的な開戦のゴングとしては100点に近い)
・エンディング(唯一正気だった人間が、ウイルス以外の理由で狂ってしまうという、すごくキレイな落とし方)
色々と惜しいけど、トータルでは面白かった。配信は2022年8月現在でされてないけど、もしも始まったら観て欲しいと思う。あと、全然関係ないけど、台湾ってすごくあったかそうだな、と思った。
ジュンジョーが市内をバイクで流してるシーンはずっとポカポカで本当に南国って感じだ。やっぱりロードムービーじゃねーか。ところどころで人死んでるけど。