はじめに
「監獄船内バトルロイヤル」という触れ込みで本作の前評判を耳にし、アジアの暴力映画が好きなのもあって、観に行った。
とても面白かったので、あらすじからオチまで感想を書く。
ただ、紹介にけっこう気をつかう作品である。だから、ネタバレは後半に回す。
とりあえず言えること。
映画を観ていて「こうなるとは全然思ってなかったけど、それはそれで面白い」という経験をしたことがある人は、きっと、『オオカミ狩り』は色々調べない方が楽しめると思う。
公式のティザー映像でも情報が多いぐらいである。気になったら何も考えずに行った方がいいと思う。
簡単なあらすじ(ここはネタバレなし)
フィリピンで逮捕された韓国の凶悪犯数十名が、船で本国に送還されることになる。
監視する刑事たちが拳銃で装備しているのに対し、囚人たちは手錠で壁につながれ、食事を摂るのも不自由する状態。しかし、船内には実は、ギャング側の人物が潜んでおり、仲間たちを解放するための工作を始めていた。
内通者は船のセキュリティを破壊し、密かに持ち込んだ重火器の封を切る。同時に、囚人たちの中でも別格の存在感と危険性を示す男(役名はパク・ジョンドゥ)が、口の中に仕込んでいた針金で自分の手錠を外す。
観るべき人、気をつけた方がいいところ
海上の密室と化した船にイカれた悪党が捕まっているなら、その手錠は物語的には当然外れるのであって、囚人組対刑事組の船内戦争が始まる。
まず、暴力描写が苦手な人は絶対NGだと思う。
人を刃物で刺す、銃で撃つ、鈍器でぶん殴る…が延々と最後まで続くし、血もビュービュー、バシャバシャ出る。
あと、直接ではないが性暴力が匂わされる場面があるし、キャラクターがそういう発言をすること自体、不快な人もいると思うので、その場合も止めた方がいいと思う。
めちゃくちゃ苛烈なバイオレンスが荒れ狂う一方で、「それなりに耐性のある観客でも、これ以上はキツい」となる一線は超えていない印象もある。製作側も、そこは気をつけて描写しているような気がする。
暴力描写で観ていてつらいケースとして、傷ついた側が痛みで長く苦しみ、それに感情移入してしまう場合がある。
『オオカミ狩り』はその点で言うと、攻撃を食らった側は基本的に即死することが多く、苦痛でのたうち回ることもなく死ぬので、被害者の苦しみとか悲しみはそれほど感じない(例外は、パク・ジョンドゥがナイフを相手にゆっくり突き刺していく、すごく印象的な一場面ぐらい)。
また、仮にじわじわ殺される場合でも、「あ、次の瞬間には、映ってるこのキャラ死んでるな」というタイミングでカメラが巧みにずらされることが多い(キャラクター本人は死んでいるが)。
その他、すごく生々しい話で申し訳ないが、攻撃された肉体が嫌な感じに変形したり、体の断面が見えたり、内臓が出たり、みたいなこともない。だから、生理的な不快感ではギリギリのところにとどまっていると思う。
ただ、逆に言えば、「暴力慣れしてる観客でもキツい、ギリギリのところまでは描かれる。
最近観た中で、バイオレンスの水準やノリとして近いのは『哭悲』。攻撃の容赦のなさではいい勝負。グロ描写では『哭悲』の方がキツかった。
しかし、例えば血液の質感について、『哭悲』がただの赤い色水とかゼリーのように見えたのに対し、『オオカミ狩り』の方は実際の血に相当近く作られており、生々しい(あんなに大量に見たことないから知らないが)。そういう理由で、結局、「暴力・グロ苦手でも楽しめるよ!」というわけではまったくない。
全然関係ないが、俺は映画でバイオレンスを見ると笑ってしまうことがあって、『オオカミ狩り』は観ながらずっと笑っていた。席で隣にいた人は非常に気味悪かったと思う。
そして、「おお、そう来るか…」という映画である。
楽しくなくなるため、あまり詳しく書かないが、エンディングの予想がほぼ不可能なタイプの作品である。
だから、途中で訪れる大きな変調に、「まあ、これからもハラハラさせてくれたらなんでもいいよ!」と付き合えるかが大事。そういう楽しみ方ができれば、あとはエンジョイするだけだと思う。
ネタバレ兼キャラクター紹介
超ネタバレ注意。
未見の方は、映画のあとで再びお会いしましょう。
パク・ジョンドゥ(演:ソ・イングク)
主人公…と見せかけて違うけど、間違いなく今作のMVP。
囚人組でもっともヤバい男であり、その鮮烈な印象をひたすら、ひたすらに観客に焼き付けたのち、その死によって『オオカミ狩り』の本当の開戦のゴングを鳴らすキャラクター。
色白で線の細い俳優さんに、首筋と下半身までタトゥーを入れて筋肉をつけさせたら、同じことを強面がやるよりもずっと不穏な人物になった、という素晴らしいキャラ設計。
『オオカミ狩り』には作品における開戦のゴングが3回あると思う。
序盤、壁につながれていたジョンドゥが隠し持った針金で手錠を外すときの「カキン」という音。
中盤、船底から復活した怪人(後述)がジョンドゥの銃撃を歯牙にもかけず、彼を完膚なきまでに圧倒し、絶望に染まったジョンドゥが発する怒号。
終盤手前、船への突入を命じられたオ・デウン(後述)が怒りで金属板を破壊したときの音。
うち二つが、ジョンドゥに関係する。いいキャラクターは、そいつが物語のスイッチを入れたときと退場するときの2回、ストーリーを大きく動かす。
イ・ダヨン(演:チョン・ソミン)
刑事組。
責任感◎。機動力◎。
『オオカミ狩り』のいいところの一つは、暴力の色々なパターンを各陣営に代表させている点だと思う。
容赦がなく、脈絡がなくて先が読めないアウトローたちの暴力。
法治という制限を受けるが、一度発動するとアウトローたちより洗練され統率されている警察の暴力。
そして、完全に制御不能で対処不可能なモンスターの暴力。
ダヨンには、基礎的な身体能力や武器の扱いではギャングたちを上回る警察の特徴がうまく表れていた。
ちなみに、『オオカミ狩り』がもう必要なくなったキャラクターには1mmも手加減がないことを表す人物でもある。というか、重要人物を消すことで次のフェーズに進んだ合図にしている、と言うべきか。
イ・ソグ(演:パク・ホサン)
刑事組班長。
「この船は三日間海の上だ!(逃げ場のない密室だ)」
「相手の人権など知ったことではない!」
…という序盤の発言が、見事に返し矢(そのまんま自分たちに返ってくることの意)になっていて笑ってしまう。
警戒が甘かったせいで船内に地獄を招いた無能上司…と思いきや、責任感と人情にあふれた人物。
歯が異常に強い。
医師と初老の犯罪者
コメディリリーフでありつつ、怪人の正体はなんなんだよ、というヒントを示す役割もあり、設定として無駄がない。
無駄がないと言えば、「ここからはシリアス一辺倒でエンディングだから、もうコメディ担当は要らないね」となれば処理されるのが『オオカミ狩り』クォリティ(古いな)。
怪人・アルファ(演:チェ・グィファ)
中盤以降の主役。脳外科手術であれこれして、オオカミの遺伝子をなんかしたので常人の5倍強い(どう考えても5倍では済まない気がする…)。
怪人・アルファの素晴らしいところは、最初に出てから本格的に始動するまでの存在感の残し方だと思う。
物語の序盤、休眠状態で出てきたとき、「なんか変なやつが船底に積まれてるぞ?」というのが観客に向けて描かれる。
ただ、この時点では、正体がいい具合によくわからない。そのため、こいつが中盤〜終盤にかけてのメインキャラクターであり、この怪人の登場によって物語中の攻撃力がインフレするので「重火器で装備してようが普通に死にます。『オオカミ狩り』はギャング対刑事の抗争じゃなくて、人間対怪物のモンスターパニックムービーです」になるとは想像しにくい。
ただ、予告編を観ていたら推測がつく人もいるかも。俺が、ティザー映像も公式サイトも観ない方がいいと思うのはこれが理由である。何も知らずに観た方が面白いと思う。
怪人・アルファがジョンドゥに上げさせる絶望の声が『オオカミ狩り』2回目のゴングである。しかし、その直前、上のフロアから明らかに異様な着地音とともに、ギャングたちと刑事たちがにらみ合っているところに乱入する場面からして、すごく良い。
「…え? 何こいつ?」
ギャングも刑事たちも(そして観客も)、誰も状況を理解できないでいたら、怪人の近くにいた人間が殴られて、「あれ、なんか、軽く殴られただけなのにメチャクチャぶっ飛んで即死したんですけど…」という衝撃がすごくいい。
観客は映画の序盤からここまで、解放された犯罪者たちが装備の性能と不意打ちで刑事たちを圧倒するからこそ、ドキドキしたのだ。刑事チームがそこから体制を立て直すのはいいが、戦況が完全に拮抗してしまっては、面白くもなんともない。
どうせ新しい波乱が起こるなら、秒で起こった方がいい。だから即起きる。『オオカミ狩り』は無駄がない。
というわけで、『オオカミ狩り』におけるターミネーター、もしくはT-REXが怪人・アルファである。
ちなみに、映画におけるモンスターの多くは、ある宿命を背負う。それは、ターミネーターに対するT-1000、T-REXに対するスピノサウルスのように、続編にはもっと強力な同種が登場し、対決を迫られることである。
そういうわけなので、怪人・アルファにも同族のライバルが現れるが、『オオカミ狩り』はそれを一作品の中でやってしまうのだった。
オ・デウン(演:ソン・ドンイル)
監獄船運航管理 ⇒ 海洋特殊救助団チーム長。
陸上から監獄船を見ている管制室にて、職員全員パリッとした服装なのに、この人だけいい加減な格好で登場するいい加減な上司。
緊急事態となって意見を奏上した部下に「お前の見解など聞いてない!」と言ったあと、「どうにかしろ!」と続けて言うなど、お前は指揮をしたいのかしたくないのかどっちなんだよ、という人。
無能上司と思いきや、実は有能…ということもなく、不要な人死にをたくさん出しているし、あの勤務態度なので(おそらく)部下にも嫌われているため、ホンモノの無能上司。
しかし、『オオカミ狩り』の良いところは、このポンコツがこのあと乗船し、直接の戦闘描写がある中ではたぶん、一番強いのが判明するところである。イ・ドイル(後述)に余計な舐めプをしたために逆転されてしまったが、それさえなければ勝っていたと思う。
船上への突入を命じられたデウンが近くにあった金属を怒りでぶん殴り、穴を空けたとき、「おいおい、コイツもアルファと同じ怪物なのか」となって、『オオカミ狩り』の最後のゴングが鳴る。
この展開は、ジャンプのような少年マンガをイメージさせる。スーパーサイヤ人も念能力も卍解も、誰かが身に着けた特殊な能力は、次の章ではどれも、すべてのキャラクターの標準装備になる。
そういうわけなので、怪人・アルファが最初に示した超人能力は、デウンをはじめ、他のキャラクターにも展開されることになる。そして、『オオカミ狩り』のすごいところは、それを一作品の中でやってしまうところである。
超人部隊
怪人・アルファ、デウンと同じ超人技術を搭載した大勢の戦闘員たち。
登場時の彼らのたたずまいが良い。軍人特有の(と言っても実物はしらないが)、これまでの経験や注意点が一般人とあまりに違うため、得体の知れない余裕があるというか、なんか話が通じない雰囲気が漂う、その感じがすごくよかった。
それだけに、アルファとドイルにほぼ全滅させられてしまったのは残念である。
上で書いたとおり、『オオカミ狩り』では「ギャング」「刑事」「モンスター」と色んな種類のバイオレンスが見られる。ここで超人部隊が、統率された怪物たちという新しい暴力を見せてくれるとよかったんだけど、そうはならなかった。
イ・ドイル(演:チャン・ドンユン)
主人公(たぶん)。おそらく唯一の生存者であり、超人技術のイレギュラー。
彼については最初からうまく伏線が張られており、観客にも少しずつ違和感が増してきたところで正体が明かされるのが上手い。
登場人物がひと通り退場したのち、その背景が明らかになり、『オオカミ狩り』の最後を自身の復讐劇として締めくくる…んだけど、ジョンドゥや怪人・アルファによる大暴れの影響を受け、メインキャラクターとしての持ち時間が短くなり、存在感が足りない印象はある。
超人技術のための人体実験で拒絶反応が出たときの演技はすごくよくて、いい役者さんだと思う。続編に期待。
続編あんの?
適当に書いた。実際は、できないような気もする。
諸悪の根源? が無傷で生きているし、ドイルにとっても因縁が残っているので、やろうと思えばできるだろう。
ただ、最初は「ギャング対刑事の密室抗争」として始まった作品が、「実は人間対モンスターのパニックアクション」 ⇒ 「いやいや、本当は家族を奪われた男の復讐劇」という二転三転が『オオカミ狩り』の面白さだったわけで、その続編となると普通のアクションやノワールでは認められないだろうし、ちょっと予想ができない。
まあ、でもあったら観に行くと思う。それぐらい面白かったので。
以上。