決着。これから。『イクサガミ 人』の感想について

はじめに

 時代の節目で姿を消していく剣客たちの、末期の輝きを描く点取デスゲーム、第3巻。

 今回で物語に大きな区切りがついた。また、前作から描かれてきた「一つの時代の終わりと新しい時代の到来」が、さらに強調された内容だったと思う。

 ここまでの天・地もめちゃくちゃ面白かったけど、アクションに満ちた活劇や、点数をめぐる駆け引きを描いたデスゲームとして、この『人』は最高を極めている。本来は3巻で完結予定だったようだが、ある意味、本当に作品の集大成である巻といえるだろう。

 

 以下感想として、

 

・『人』で特に盛り上がった場面

 

・物語の構成として勉強になるところ

 

 …に分けて書く。 ※ ここからの内容はネタバレを含む。

 

盛り上がったところ

 身もフタもないことを言うと、『人』はずーっと面白い。ずっと盛り上がっている。

 『イクサガミ』は基本的に点取りのデスゲームだが、その底には多くの物語が同時に走っていて、章によって印象がガラリと変わる。陰謀もあるし、復讐譚もある。過ぎ去った時代への懐古・新しい時代への希望もある(この辺は『ゴールデンカムイ』によく似ている。片方が好きな人はもう一方もきっとハマるだろう)。

 そのため、どこを切り取っても違った雰囲気が楽しめる。飽きが来ない。

 ただ、あえてその中で特に印象的なパートを二つ挙げれば、

 

① 道中の宿場(島田宿)で繰り広げられる作中最大のバトルロイヤル

 

② 最終盤で激突する主人公・ 嵯峨愁二郎と宿敵・貫地谷無骨の対決

 

 …が本当に素晴らしかったと思う。

 

 島田宿でのバトルロイヤルのことから書く。

 デスゲームも佳境に入り、序盤からの弱い参加者は全員脱落、残っているのは腕に覚えのある化け物だけとなったところで、『イクサガミ』最大にして最後の大乱戦が発生する。『天』や『地』で中ボスとして出てきたような猛者が続々と現れ、おそろしいことに、殺り合ってあまりにもあっけなくどんどん敗退していく。

 この一連の戦闘のすごいところは、多対多のフェーズのあと、多対一、さらに一対一へとシームレスに、かつ主役を変えながら流れていくところである。

 最後の一対一フェーズにおいて、全国に500万人はいるとされる「ヘタレが覚醒する展開ファン」を狂喜させることになる狭山進次郎の活躍も見逃せないが、島田宿バトルロイヤルを盛り上げた最大の功労者は、なんといっても眠(ミフティ)だろう。

  眠はぽっと出のキャラである。しかし、おそろしく強い。毒を使うが、近接戦闘も得意であり、愁二郎&彩八&カムイコチャ&陸乾(こいつも島田宿で初登場だが、作中最強格)という、本作を読んできたファンならめまいがするような強力なチームを相手に一対多の戦いを展開する。

 結末を言ってしまうと主人公チームが辛勝するのだが、カムイコチャがいなければ、おそらく負けていただろう。そのぐらい眠はすごかった。仮に岡部幻刀斎や無骨など、他のtier1勢であっても、単独で眠を倒せる展開がちょっと想像できない。

 このべらぼうに強い眠は、その奇妙な名前が表すとおり特殊な出自を持つ。あとでもう少し書くが、それも含めて素晴らしいキャラクターである。

 

 次に、 最終盤での愁二郎対無骨である。蒸気機関車という新しい時代の象徴を舞台に、旧時代に過去を置き去ろうとした愁二郎と、旧時代でしか生きられなかった無骨がと激突する。

 複数の物語が同時に並走している『イクサガミ』の中で、一つの大きな因縁がここで決着する。ある意味でエンディングといってもいいぐらいの読後感があった。

 少し話が変わるけど、俺は小説は映画やアニメの「原作」じゃない、とずっと思っていて、エンターテインメントとして一番面白い媒体は小説だと思っている。

 しかし、この対決はぜひ、映像で観たいと思ってしまった。東京に向かって疾駆する汽車の上で、海原を横目に切り結ぶ二人を絶対観たいと思った(Netflix版はどこまでやる想定なんだろう?)。

 また、対決の舞台となった機関車を走らせる機関士(助士)という、当時の新しい職業に就いた人たちの細かい挿話もいい。

平左衛門が惚れたのは蒸気機関ではない。いや、それも好きではあるのだが、その時に惹かれたのは別。新橋駅を降りて来る人たちである。

行きたいところへ、逢いたい人のもとに近付いている高揚蒸気機関そのものへの興奮、どの人の顔もきらきらと輝いていた。

160形が雄叫びを上げる。野太さの中に品がある。何度聞いても惚れ惚れする声である。

 こういう部分、「昔の最新」を描けるのが、さすが歴史小説家だと思う。

 

物語の構成として勉強になるところ

 眠(ミフティ)には本当に魅せられたので、書き加える。

 やっぱり、すごく特殊なキャラクターで、バックグラウンド、物語への登場方法、そして強さが美しく調和している人物だと思う。

 眠は台湾からやってきたキャラクターである。人であるが、地元では神として扱われる信仰の対象であり、日本による台湾原住民への攻撃に抗するため、人々の願いに応じるために登場した。

 つまり、眠は賞金のためにデスゲームに参加しているわけではない。報復のため、しかも、自分の意思ではなく、別の誰かに乞われて参戦しているわけで、デスゲーム主催者の思惑を完全に逸脱した存在である。

 『イクサガミ』における時代背景は明治時代の頭で、繰り返し書いているように、古い時代の終わりと新しい時代の到来が一つのテーマになっている。

 ただ、「時代」という感覚は、とても主観的で、地理的な立場に影響されるものでもある。結局、新しい文化とか旧藩のしがらみとか、「日本」という国の中、各地域で起きている話に過ぎない。

 眠はそういう日本国内の流れにはほとんど関係なく(まったく無関係ではない。台湾現地への侵攻も日本の近代化と関連していると思うので)、『イクサガミ』という物語にきわめて特異な角度から出現した。

 『人』の最後が旧時代の残党同士の対決、決着で〆られたように、物語は日本という国の歴史へと帰っていくため、眠の居場所は残っていなかったが、ストーリーにもたらした味わい? 厚み? みたいなものは唯一無二で、すごくいいと思っている。

 

 もう一点、デスゲームとしての『イクサガミ』は、無差別な戦闘狂、いわゆる「バーサーカー」「ジョーカー」が多い作品だな、と思うわけだが(幻刀斎、無骨、天明刀弥)、あらためて考えてみると、善人もその分たくさん出ているな、と気づく。

 『イクサガミ』には、ほとんど無私で協力してくれる者、リスクがあってもリターンがあれば共闘してくれる者がたくさんいる。

 それでもご都合主義になってしまわないのは、まず危険人物が3人も徘徊していて、作中の「負、陰の雰囲気」が高まっているのが大きい。善人がたくさん出てきても、調和が取れるのである。自分もデスゲームを主催するときは参考にしたいと思う。

 

最後に。最終巻『神』の予想(展開と、誰が生き残るか)

※ ここからは最終巻時点の生き残りに関するネタバレを含む

 

 まず、新刊の案内で次のように紹介されている。

 

最終決戦、開幕。
東京は瞬く間に地獄絵図に染まった。
血と慟哭にまみれる都心の一角で双葉は京八流の仇敵、幻刀斎に出くわしてしまった。
一方の愁二郎は当代最強の剣士と相まみえることに――。

 

 ここからわかることは、

・生き残り9人が決まった時点で終了、という説もあったが、デスゲームはまだ続く

・何かの事情で参加者がちらばっている

・ 愁二郎対櫻(中村半次郎)、もしくは刀弥が発生する

…ということである。

 

 想像するに、運営によって強制的にばらばらにされ、そこからバトルロイヤルの続きが始まる、という感じではないだろうか。

 『イクサガミ』に登場する猛者はデスゲーム参加者だけではなく、運営側の最強戦力として、現在は「櫻」を名乗る人斬り・中村半次郎、柘植響陣と因縁のある「 柙」などがいる。そのあたりも含めて都内でサバイバルとなり、その過程で愁二郎対櫻が実現する…と推測する。

 なお、天明刀弥にも当代最強と表現される可能性があるが、キャラクター同士のいきさつで、愁二郎対中村半次郎の方が、話の流れとしてしっくりくると思う。

 

 ちなみに、俺のイメージする『イクサガミ』最終章時点での強さランキングは、

 

 中村半次郎天明刀弥>岡部幻刀斎>四蔵>愁二郎=ギルバート>響陣>彩八

 …という感じである(双葉、遠距離専門のカムイコチャは除く)。

 

 さて、誰が生き残るかだが、極論、双葉以外は死ぬ可能性があると思う。それに愁二郎と彩八が合流できるか、という感じ。

 幻刀斎は、唯一のDARK属性の敵キャラなので、おそらく脱落するだろう。ただ、リタイアするまでに四蔵、響陣あたりを連れて行くかもしれない。

 四蔵と響陣は相当危うい。頼りがいのある優秀な弟と関西弁の相棒という死亡フラグは相当太いと思っている。

 彩八は少し悩ましいが、島田宿での重左衛門との戦いで厄を払ったので、生き残る気がする。

 ギルバート、カムイコチャは、どちらも厳しい。善人、かつ両者とも遠いところからの来訪者であり、意地悪い見方をすれば、ドラマチックに退場させやすい。どちらも刀弥あたりにつかまるのでは、と思う。

 刀弥の行き先は読めない。悪党でも善人でもないし、誰とも因縁がないからだ。中村半次郎が仮にプレイヤーとして参戦するなら、半次郎と戦って退場するかも。

 

 俺の予想は、

・幻刀斎が四蔵、響陣を倒す

・刀弥がカムイコチャとギルバートを倒す

・半次郎が刀弥を倒す

・愁二郎が半次郎を倒す

・愁二郎が(何かしらの方法で)四蔵と彩八から奥義を継承し、幻刀斎を倒す

・愁二郎、彩、双葉が生存する

 …という具合である。

 ただ、この予想には愁二郎がどうやって半次郎を倒すんだ? という致命的な欠陥があり、たぶん外れるだろう。

 もちろん、外れていい。当たり外れに関係なく、『神』は絶対に、俺の想像をはるかに超えて面白いはずだからだ。本当に楽しみにしている。発売は2025年8月8日(明日。なんなら20分後。この記事は読み返した『人』が面白すぎて急遽書いた)。