虫と図書館について

 図書館で本を読んでいたら、ページの上に小さい虫が落ちてきた。

 コバエの丸い腹を削って細くしたようなその虫は、白いページの活字の中に、てん、と足を広げたまま少しも動かない。

 死んでいるのか、と指先でつつくと、じわじわと鈍く動く。

 

 建物の中で虫を見るたびに、なんとも言えない気持ちになるのは、ただそこで何もできずに死んでいくことになる運命みたいなものを凝縮して見せられる気がするからだ。

 屋外からうっかり入りこんでしまうことがどの程度珍しい不幸なのかはわからないが、そこから出ていくことが難しいのは推測がつくような気がする。

 ゴキブリやハエといった食べ物ならなんでもたかる類ならまだしも、そうでもない分類にとっては迷い込んでしまった時点で飢えて死ぬのをただ待つだけで、食べるものも、つがう相手もなく、ただそこでなすすべなく朽ち果てていく。

 動揺を覚えるのは、「虫なんて飯食って交尾するだけの生き物だろう」と俺が思っているからで勝手な話かもしれないが、実際本当にそうなのだろうと思う。

 じゃあ俺は?

 

 俺は別に飯を食うために生きているわけでなく、交尾のために生きてるわけでもないが、虫のそういうことにあたる何かはあるはずだと思っている。思っていた。いまはわからない。

 

 指先にひっかかっていた虫を吹いて飛ばしたのは俺がまだ外に出るつもりがないからで、図書館を出る間際だったら外に放り出してもよかった。それだけのことだった。

 本を読むのを再開したら、しばらくしてまた同じ虫がページの上に落ちてきた。

 手足がよじくれている。もう確かめる必要もなく死んでいた。

 俺はここで何をしているんだろうな、と思う。俺たちはここで何をしているんだろう?

 

 以上、よろしくお願いいたします。