惨状と説教

誰か山から降りてきてほたえてから山に帰っていく記事。ブログ

『魔王: 奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男』の感想について

はじめに

 原題である「mastermind」は、本来、黒幕だとか首謀者だとかいうぐらいの意味である。

 そう考えると、「魔王」という邦題は大見得を切りすぎな感もあるが、最後まで読み通すとなんとなく腑に落ちるところもある。本書は作品の類型で言えばドキュメンタリーであり、あくまで一つの記録に過ぎない。しかし同時に、一人の人間の犯罪活動を通じて、世界というとらえどころのないものの真実を切り出すことに、かなりの精度で成功している…そう思わせる作品でもある。

 

感想

 ポール・コールダー・ルルーという男がいた。ポールはプログラマーであり、それも超ド級の凄腕だった。

 彼はアメリカ国家安全保障局NSA)でさえ突破できない強力な暗号ソフトの下敷きを開発したほか、アメリカ中の薬局と医師、物流業者をインターネット上でバイパスして中毒性の観点からグレーゾーンにある薬品を大量に流通させる仕組みを整備し、膨大な利益をたたき出した。そして、手にした利益を元手にして今度は国際的な麻薬の製造にも着手するほか、私兵を組織してソマリアの海賊と渡り合ったり、アフリカでクーデターを起こそうとしたり、といった具合に順当に「事業」を拡大していく。

 

 読んでいて印象的だったのは、事業を拡大していくポールに、熱狂というか、異常な尊大さに陥っていく、という感じがあまり見受けられないところだ。ポールは自らの内なる悪徳をコントロールできずに破滅していく『マクベス』のような悪漢とは対照的で、手がけるビジネスは果てしなく拡大していくのに、どこかで妙に冷めているように見える。

 ポールにとっての犯罪は、おそらく、コンピュータ上のプログラミングと感覚的にあまり違わなかったのではないか。俺はプログラマ―ではないので、色々な点で想像でしかないのだが、そこにあるのはロジックと実行、いくらかの期待だけであり、ポールは淡々と、自分の頭の中にある論理的思考を現実の世界に落とし込んでいっただけ、それがこの世に実際に何を巻き起こすかを観察していただけのようにも見える。

 そういう人格のせいか、物語の後半で彼は思いもよらない行動に出ることになる…のだが、それはいったん脇に置くとして、ここに生まれたのは、ポールによる支配と同時に、ポール自身でさえシステムの一部=コマでしかないという変テコで矛盾した状況である。もしかすると、支配者(魔王)というのは、ケタ外れに有能であるだけでなく、逆説的に、自らを超える巨大なシステムを構築して始動させた者に与えられる称号なのかもしれなかった。

 

 あらためて、『魔王』は二つの意味で複雑な本だ。スリリングで、娯楽としてものすごく面白いが、読み進めるのは非常に骨が折れる。

 一つ目の理由は、あらすじが猛烈に入り組んでいることだ。「魔王」ポールでさえ数ある中心人物の一人に過ぎず、彼を追う捜査官や司法関係者、ポールの取り巻き、作者であるエヴァン・ラトリフ本人など、無数の登場人物が紹介され、視点があちこちに飛んでいく。

 こうしたキャラクターの多さから、二つ目の複雑さが生まれてくる。つまり、登場する人たちみんな、考えていること、目指していることがてんでバラバラなので、一体誰が「良いモノ」で誰が「悪モノ」なんだかよくわからないのだ。

 

 さすがにそれぐらいわかるだろう、ポールとその一派である犯罪者一味が悪者で、それを追う捜査側が善人だろう、と言いたくなるが、そう簡単でもない。

 ここで、上述したポールの驚くべき行動について触れることにするが、これまでの悪行が白日にさらされ終盤で逮捕されたポールは、なんと司法の側について、自分の仲間を裏切って組織の解体が促進されるのに協力し始めるのだ。

 この貢献を通じて、あわよくば自分の心証を改善してやろう、という思惑がそれほど感じられないのがポール・コールダー・ルルーという人物の異常なところで、彼にとってはかつての仲間を捕まえることに協力するという判断でさえ、「論理的思考を現実に反映させる実験」としか認識していないように映る。

 一方、捜査する側も目的意識はばらばらで、協力に転じたポールを除く、彼の部下を検挙することが大事だ、という派閥もあれば、あくまでポール自身を罰することが重要だ、というグループもある。そういうわけで、善も悪も各々まったく一枚岩ではなく、ポールの犯罪を契機に集まった様々な人物が、好き勝手に自分の合理的だと信じる判断に従って行動している状態になってしまうのだった。

 

 『魔王』というタイトルについて、あらためて、こんなことを考えてみる。

 もし、この世を本気でめちゃめちゃにしてやりたい者がいるとしたら、そいつがもっとも望んでいることは何だろうか。

 大勢の人間を麻薬漬けにすることだろうか。

 膨大な数の人間を殺して世界を恐怖に陥れることだろうか。

 それらも、もちろん「魔王」の願いではあるだろうが、一番の望みはたぶん、自分以外の人間たちがばらばらになり連帯できなくなること、相互に不信を抱き、あらゆる共同体が破綻していくことではないだろうか。

 そういう意味で、ポール・コールダー・ルルーは正しく「魔王」だった。ポールをいかに罰するか、あるいは彼が収監された後の巻き添えからいかに逃れるかをめぐって、あらゆる関係者が結託という判断に失敗したように見えるからだ。

 それが単なる混乱ではなく、個々の選択としてはこれが合理的で最善、と判断したうえで行動しているというところがさらに悲劇的で、まあ善も悪もどちらも、いかなる分断工作にも困惑せず鉄のような結束、というのも恐ろしいが、どうも世の中というのは基本的に、瓦解して分散していくベクトルの方が強いのかもな、ということを思った。

 

 犯罪ドキュメンタリーである『魔王』が、できごとの記録と並行して世界の真実でさえ描き出したんじゃねえか? というのは、こんな感想から抱いた実感だった。だから、ここに書いておく。2,700円というのは大層高額で財布が痛んだが、その価値はあるエンターテインメントだったと思う。以上、よろしくお願いいたします。

 

国分拓『ガリンペイロ』の感想について

はじめに

 作者買い、と言ってよいと思う。書店の店頭で本の表紙と書き手の名前を目にしたときには早くも「買い」だと考えていた。
 2016年、NHKスペシャル 大アマゾン 最後の秘境 第2集『ガリンペイロ 黄金を求める男たち』を観たときの印象を割と鮮明に覚えている。アマゾンの奥地に政府の管轄から外れた非合法の金鉱があり、一攫千金を狙う夢追い人から前科者のアウトローまでが集まって、「黄金の悪魔」と通称される強大な支配者の元で金を掘っている。彼らは「ガリンペイロ」と呼ばれている…という内容だった。
 採掘の現場は非常に猥雑な世界だ。常に暴力の匂いが立ち込めており、売春婦ともあけすけにセックスが行われている。しかし、観ていてなぜか記憶に残ったのは、生命の躍動とは真逆の、ある種の虚しさのようなものだった。きわめてスリリングな題材を扱っており、実際、常に緊張感に包まれているのだが、どこか抑揚を欠いているというか、人肌の体温にさえわずかに届かない冷ややかさのようなものを感じさせるドキュメンタリーだったのを覚えている。
 

感想

 まず注意が必要なポイントとして、この本はあくまで、ドキュメンタリーの『ガリンペイロ』を下敷きにした創作、フィクションである*1。この辺は本の装丁からは何やらわかりにくく、国分氏の取材記録としての文章を期待して読み始めて「あれ?」となってしまったので、苦情を言っておく。
 ただ、創作ではあるものの国分氏の生の感情を感じさせる部分もあった。そのことは後で言及することにする。
 
 ラップ小僧やマカク(猿)、「黄金の悪魔」まで、番組で放送された人物たちが本の中にも登場し、フィクションである点を生かして、その内面にまで踏み込んでいく。そこで描写されているのは、テレビ放送のときと同じくある種の虚しさだ。無数の男たちが金塊を掘り出すために匂い立つような生命力を発散させているにも関わらず、この地を最も強く支配しているのは実は虚しさであり、その事実が執拗に描かれている。
 
 金鉱はなぜ虚しさに覆われているのだろうか。金の取り分が、元締めである「黄金の悪魔」にあまりに有利に定められているからだろうか。掘り出した額面の7割を「黄金の悪魔」が取り、残りの3割を鉱員の頭数で分割することになっており、よく考えれば(考えなくても?)不平等という言葉でさえはるかにかすむような契約と言える。
 あるいは、根本的に採掘でひと山当てる可能性があまりに低すぎるからだろうか。一攫千金を夢見て金鉱にやってくる者が多数いるにも関わらず、人生を丸ごと逆転するような「一発」はほぼ伝説にしか存在せず、採掘場には大金をつかめないまま齢だけ重ねてしまった老人たちが大勢いる。中には、そのまま密林で人生を終えてしまった者の墓さえある。そういうことだろうか。
 
 ただ、俺は一番大きな理由は別のところにあるような気もする。そもそも、金鉱にやってくる連中のほとんどにおいて、「もし大金を得たらどうするつもりか」というビジョンが決定的に欠落しているのだ。それが、拭いされない虚しさの最も大きな原因であると思う。
 ガリンペイロの中には、離れた地で暮らす家族を養うために金を掘るという明確な目的意識を持つ者もいる。しかし、大半の男はそうではなく、ただ漠然と、「デカい一発を当てて人生を変える」ために金鉱にやってくる。大金によって何がどう変わるのかまでは考えていない。ただこの場所に来さえすればチャンスがつかめる、自分こそがその幸運に恵まれると信じている(そして、何事も起きないままずるずると年老いていく)。その薄っぺらさと、ここにいるほぼ全員がそのことに自分でもなんとなく気がついていること、それこそが虚しさの多勢を占めているのではないか。
 
 国分氏が描きたかったのは、金鉱が表層上、エネルギッシュで猥雑であるほど、対照的に鮮明になっていくこの虚しさだったのだと思う。そして、それを映像だけではなく文字として自分自身に咀嚼するために、氏は筆を取っていると思う。ここにフィクションでありながら国分氏本人の存在を強く感じる。
 思い返すと、氏の「作品」である『ヤノマミ』もテレビ放送のあとに文章化という経路をたどったコンテンツだった(これがどっちも激烈に良かったので今回も買ったのだ)。『ヤノマミ』の書籍版を読んだときも、たぶん個人の体験としてあまりに強烈すぎて、映像の編集だけではなくて文字化しないと自我のどこに配置したらいいかわかんなくなったんだろうな…という、戦慄と同情のような感想を抱いた。『ガリンペイロ』もたぶん同じで、あの空間を覆い尽くしていた虚しさを飲み込むために、国分氏は自らに向けて文章にする必要を感じたのだと思う。
 
 一点、踏み込むならば、『ガリンペイロ』の虚しさが国分氏を、そして読者(俺)を強烈に打ちのめすのは、その虚しさが覆わんとする範囲が、南米の最果てから伸びて、広く世界全体まで及ぶのではないか、と錯覚させるからだと思う。
 我々が自分にもはっきりしない期待や、過大な自尊心に突き動かされて故郷を離れたものの、何も成し遂げられないまま老いていき(国分さん自身は十分な仕事をしているけど)、絶望の中で朽ち果てていくこと。…ガリンペイロたちとその他の人間とで環境はまるで違うし、俺だってアマゾンの奥地で金を掘ろうとは思わないが、彼らが抱いていた希望とその背後に潜む恐怖には覚えがあるし、似たようなことは世界中で起きているだろう。まあ、そんなことを思ったのだ。
 これは買ってよかった本。国分さん、いつかまたこの世界の(文明上の)暗部まで行って、つらい目に遭ってきてね、その話を聞かせてね…ってのはひどいのかな。以上、よろしくお願いいたします。
 
ガリンペイロ

ガリンペイロ

 

 

*1: 発行元の新潮社によると「ノンフィクション」だそうです。取材できる部分を超えて各人の心理に踏み込んでいるように見えたのでフィクションと表記したのですが、失礼しました。

『実話怪談 花筐』について

はじめに

 評価は次のように行います。

 まず、総評。S~Dまでの5段階です。

 S…価格、提供される媒体に関係なく手に取るべき。恐怖のマスターピース

 A…購入推奨。もしくはkindle unlimitedにあればぜひ勧める。恐い。

 B…購入してもよい。もしくはkindle unlimitedにあれば勧める。

 C…図書館で借りる、もしくはkindle unlimitedなら読んでもよい。

 D…読むだけ時間のムダ。ゴミ。(少なくとも俺には)。

 

 続けて、本の中で印象に残った作品を評価します。

 ☆…それ一品で本全体の価格を担保できてしまうような作品のレベル。

 ◎…一冊の中に三品以上あると、その本を買ってよかったと思えるレベル。

 ◯…一冊に七〜八品あるとその本を買ってよかったと思える作品。

 

 最後に、あらためて本全体を総評します。

 

 こういう書き方をするのは、初見の人に本を勧めつつ、できるだけ先入観を持たない状態で触れてほしいからで、評価が下に進むほど、ネタバレしてしまう部分も増える、というわけです。よければ、こちらもどうぞ。

 

 実話怪談という「本」について - 惨状と説教

 

総評

 S

 

 鈴木捧作。2020年刊行。

 幽霊らしきものが登場するいかにもオーソドックスな実話怪談から、とらえどころのない奇談、民話のようなものまで、色々な話が収められている。
 実話怪談のどこに魅力を感じるかは本当に人それぞれだけど、話に一挙にリアリティをもたらす、凄みのある一文が読みたい、というのは誰にも共通していると思っていて、この作家はすごくそれが上手だと思っている。けっして仰々しくなく、むしろすごく静かなのに印象的な一節。そういう文章をさりげなく、かつ美しく挿してくる。この点はすべての人にすすめる。
 個人的な好き好きについては、長くなる。詳しくは「あらためて、総評」で。

 

 この本はkindle unlimitedで読めます。 

各作品評

 本当に嗜好にハマった作品ばっかりで、個人的にどれも素晴らしかった。
 旅番組…◯
 花瓶の中の世界…◎
 石へそ…◯
 父の書斎…◯。後述。
 巨人…◯
 不法投棄…◯
 パネル…◯
 裏々ビデオ…◯
 獣…◎
 ゲルニカ…◯。後述。
 本当に大切なこと…◯
 淵を覗く…☆。後述。
 指切り…◯

あらためて、総評

 文脈から切り離すと良さがわかりづらいかもしれないが、俺はこの本の次のような文章が好きだった。
二人のすぐ後ろから、パーマが伸び切ったような髪形の陰気な女がついてきている。…『旅番組』

時間は午後一時を少し回ったところだ。

太陽がアスファルトの地面を容赦なく焼いていた。…『花瓶の中の世界』

あれは人ではなくて、観光地や映画館などの記念撮影スポットにある「等身大パネル」だ。少し角度を変えて眺めると、結構厚みのある発泡スチロール素材だということまで見てとれる。…『パネル』 

それを見た瞬間、目の後ろあたりに氷を押し当てられたような鋭い感触があった。…『ゲルニカ

このとき時間は深夜一時頃だったが、確認するのは翌朝になってからの方がいい、と直感が告げていた。…『天袋』

 なんというか、悲しいかな結局は虚構として処理されがちな実話怪談というジャンルにおいて、さりげなく、しかし鋭く、一瞬で「リアル」にピントを合わせるような文章だと思う。物語の解像度が上がるというか、怪談的に言えば部屋の空気がいきなり冷える、陰影が濃くなるような感覚がある。

 

 『父の書斎』について。親しいはずの人間と人間の関係にも存在する、立ち入ることのできない部分からもたらされる寂しさや諦念のようなものがあって、この本の他の作品にもそれは共通している。

 恐怖だけではなく、わかりえあえなさからも怪異は生まれる、というのは俺の好きなスタイルだ。いま、少なくとも表面上は何の問題もなく見える人間関係は奇跡のようなものでしかなく、それが崩れる可能性が未来には無数に潜んでおり、怪異はときとして、それを先回りまでして見せつけることがある。

 すごいのは、もの悲しい一方でしっかり「おっかない」というところで、『パネル』や『獣』などはかなりゾクゾクさせられる。もしかして、相手の心理に立ち入りすぎたからこそ破綻を迎えたのだろうか? こんな結末になるぐらいなら、少し距離感を感じさせてさびしいぐらいが俺たちには丁度いいのか? …そんなことを考え出すと、なおさら悲しい。

 

 こういう人間の悲哀みたいなものが見え隠れする一方で、『ゲルニカ』のような、楽天的というか、人間の強さ、潜在性みたいな話が混じっているのも面白い。不可解さに対して途方に暮れる瞬間と、未知をパワフルに探求する瞬間と、その振れ幅みたいなものが広く感じられて良いのだが、怪談という営みにとってわりと本質的なことかもな、と思う。

 

 『淵を覗く』について。現代の怪談と巨大水棲生物の組み合わせ(しかも正体が淡水なのにアレですよ?)という時点で個人的には役満だった。子供時代の夏の思い出という抒情性、最後にもってこられた、世界のシッポをつかんだような、それでいてまったく意味不明で宙ぶらりんになるようなオチも含めて、素晴らしいと思う。大好きです。

 

 第45回はこれでおわり。次回は、『弔い怪談 葬歌』を紹介します。以上、よろしくお願いいたします。

 

実話怪談 花筐 (竹書房怪談文庫)

実話怪談 花筐 (竹書房怪談文庫)

 

 

『厭談 祟ノ怪』について

はじめに

 評価は次のように行います。

 まず、総評。S~Dまでの5段階です。

 S…価格、提供される媒体に関係なく手に取るべき。恐怖のマスターピース

 A…購入推奨。もしくはkindle unlimitedにあればぜひ勧める。恐い。

 B…購入してもよい。もしくはkindle unlimitedにあれば勧める。

 C…図書館で借りる、もしくはkindle unlimitedなら読んでもよい。

 D…読むだけ時間のムダ。ゴミ。(少なくとも俺には)。

 

 続けて、本の中で印象に残った作品を評価します。

 ☆…それ一品で本全体の価格を担保できてしまうような作品のレベル。

 ◎…一冊の中に三品以上あると、その本を買ってよかったと思えるレベル。

 ◯…一冊に七〜八品あるとその本を買ってよかったと思える作品。

 

 最後に、あらためて本全体を総評します。

 

 こういう書き方をするのは、初見の人に本を勧めつつ、できるだけ先入観を持たない状態で触れてほしいからで、評価が下に進むほど、ネタバレしてしまう部分も増える、というわけです。よければ、こちらもどうぞ。

 

 実話怪談という「本」について - 惨状と説教

 

総評

 C

 

 夜馬裕作。2020年刊行。

 怪談一話あたりが比較的長め。その分量を生かしてドラマティックな展開を見せるというか、メリハリのきいた作品が多いという印象の作品集。

 

 この本はkindle unlimitedで読めます。 

各作品評

 なし

あらためて、総評

 好きな人にはしっかりハマるだろうな、という感想を抱いた。
 俺はあまり趣味ではないけど、これは批判ではなくて、誰かにとってはきっと評価が高い、というのを言い換えたことにしてくれ、と思う。話の途中に伏線が張られ、オチにはどんでん返しがあり、といった具合に、話としてすごくメリハリがきいている。
 
 俺向きではないな、という印象を見つめてみると、自分が実話怪談というジャンルに何を期待しているのか、少し具体的になった気がしたので、そのことについてちょっと書く。
 怖がりたい、というのが、動機としてはもちろん一番大きいわけだが、俺はたぶん、「世界とはこういう場所だ(こういう場所であってもいい)」、それを示すことを、実話怪談に期待しているんだと思う。こういう不可解なことが実際にありました、と語ってもらうことで、この世界について納得したいのだ。
 事実のツメが甘い怪談を、俺が蛇蝎のように嫌うのはそういう背景からだ。そうやって選り好みした結果として明らかになるのは、俺の個人的な世界観そのもの、ってオチだろうし、それに合う怪談を書くかどうかも相性の問題、書けなくても誰が悪いわけでもないのだが、いずれにしても、俺の好きな「実話怪談」には、ドラマティックさはもちろん、恐怖でさえも、けっして必須の要素ではなかったりするんだよな…と、そんなことを思った。
 
 第44回はこれでおわり。次回は、『実話怪談 花筐』を紹介します。以上、よろしくお願いいたします。

 

厭談 祟ノ怪 (竹書房怪談文庫)

厭談 祟ノ怪 (竹書房怪談文庫)

 

『異界怪談 生闇』について

はじめに

 評価は次のように行います。

 まず、総評。S~Dまでの5段階です。

 S…価格、提供される媒体に関係なく手に取るべき。恐怖のマスターピース

 A…購入推奨。もしくはkindle unlimitedにあればぜひ勧める。恐い。

 B…購入してもよい。もしくはkindle unlimitedにあれば勧める。

 C…図書館で借りる、もしくはkindle unlimitedなら読んでもよい。

 D…読むだけ時間のムダ。ゴミ。(少なくとも俺には)。

 

 続けて、本の中で印象に残った作品を評価します。

 ☆…それ一品で本全体の価格を担保できてしまうような作品のレベル。

 ◎…一冊の中に三品以上あると、その本を買ってよかったと思えるレベル。

 ◯…一冊に七〜八品あるとその本を買ってよかったと思える作品。

 

 最後に、あらためて本全体を総評します。

 

 こういう書き方をするのは、初見の人に本を勧めつつ、できるだけ先入観を持たない状態で触れてほしいからで、評価が下に進むほど、ネタバレしてしまう部分も増える、というわけです。よければ、こちらもどうぞ。

 

 実話怪談という「本」について - 惨状と説教

 

総評

 S

 

 黒史郎作。2020年刊行。

 2020年、に次ぐ2冊目。黒史郎のような素晴らしい書き手が単著を年に2回も刊行してくれることはとても嬉しい。

 あいかわらず、色々な意味で他の作家とは隔絶している内容だった。ものすごく良かった。詳しくは「あらためて、総評」で。

 

 

 この本はkindle unlimitedで読めます。 

 

各作品評

 返却…◯。怪談としてはどうってことない話なのだが、文章で読ませるというか、純粋に質が高い。
 生首を飾る家…◯
 からまれる人…◯
 島に居らば…◯。民俗めかした安っぽい実話怪談を基本的に嫌っているのだが(俺の話です)、これは読まされてしまった。後述。
 湖畔の森の女…◎。
 順番待ち…◎。『異界怪談 生闇』を象徴する作品というか、あまりに意味がわからなすぎる。傑作だと思う。
 たのしいよぉ…◯
 事故物件ではないかもだけれど…◯
 なぜ豚か…◯
 切り抜きの箱々…☆。冒頭からして、おそろしく不穏。後述。
 濃いアッコさん…◯。
 不要の報告…◎。怪談自体の不気味さもさることながら、こんなわけがわからない(褒めている)話を最後にもってきて、まるでぶん投げるように本を〆めてしまうのがカッコよすぎる。

あらためて、総評

 「どうかしているな」。
 読み終わってそう思った。
 黒史郎という作家はどうかしている。
 とにかくそう思わせるほど、『異界怪談 生闇』はすごかった。
 
 実話怪談というのは、読まない人にはピンと来ないかもしれないが、実は恐怖以外の色とりどりの感情を惹起させる豊かなジャンルである。
 そうした中で、恐怖に焦点を定め、誰も試みなかったような角度から執拗にそれを描き出そうとする姿勢は、むしろ少数派かもしれないし、もはや狂気を帯びていると思う。
 ところが、黒史郎はそういう作家である。あらためていうが、この人はどうかしている。
 
 この本の怪談全般に、わけのわからなさが漂っており、衝撃に近い印象を抱いたので、もう少し詳しく書く。
 怪談は「怪しい」「談(話)」なので、わけがわからないのがそもそも当たり前、ではある。各作家の腕は、この「わけのわからなさ」どう味付けするかにかかっている。
 例えば、怪異を解き明かすヒントにほとんど触れないものの、読んでいる側の記憶に訴えかけることでその空白を補完させる、みたいな芸当を持つ書き手もいるし、ぱっと見では意味不明だが、登場人物のふとしたセリフを踏まえると真実が浮かぶ、といったミステリのような演出をする書き手もいる。
 そういう中に、ときどき、徹底的にわけのわからない異界の話を書く作家がいる。補足すると、異界には異界なりのロジックがあることがかすかに見えるのだが、現世の人間にはまったく見当がつかないのだ。まるで異文化のテストをいきなり受験させられ、落第すると災厄が降ってくる、みたいな状況である。
 黒史郎は、しれっとそういう怪談を書く。現実にどす黒く深刻なヒビが入り、向こうとこちらがつながる瞬間を書く。
 黒史郎は、果たして読者に興味があるのだろうか…とさえ思う。
 ないことはないだろうが、まるで読者がどう感じるかなんて関心の対象外みたいだ。『異界怪談 生闇』はざくっ、と切って捨ててぶん投げるような怪談集だった。最高に怖いし、イカしていた。
 
 『島に居らば』。離島、因習、蓄積する呪い…と一見、もはや食傷気味のギミックが並んでいる。
 しかし、まったく陳腐じゃない。そもそも、読者にわからせるつもりで書いてない(ように見える)からだ。何が怖いのかいちいち説明するつもりがなく、淡々と物事がどん詰まりになり悪化、ハマっていく様子だけが描かれている。闇をそのまますくってきたような話だ。
 
 『切り抜きの箱』について。俺はとにかく、この話が「嫌」だった。読んでいて、冒頭から「…あ、読みたくねえ」と心で忌避させるものがあった。
 
 第43回はこれでおわり。次回は、『厭談 祟ノ怪』を紹介します(ちなみに、俺は合いませんでした)。以上、よろしくお願いいたします。

 

異界怪談 生闇 (竹書房怪談文庫)

異界怪談 生闇 (竹書房怪談文庫)

 

 

『怪談奇聞 嚙ミ狂イ』について

はじめに

 評価は次のように行います。

 まず、総評。S~Dまでの5段階です。

 S…価格、提供される媒体に関係なく手に取るべき。恐怖のマスターピース

 A…購入推奨。もしくはkindle unlimitedにあればぜひ勧める。恐い。

 B…購入してもよい。もしくはkindle unlimitedにあれば勧める。

 C…図書館で借りる、もしくはkindle unlimitedなら読んでもよい。

 D…読むだけ時間のムダ。ゴミ。(少なくとも俺には)。

 

 続けて、本の中で印象に残った作品を評価します。

 ☆…それ一品で本全体の価格を担保できてしまうような作品のレベル。

 ◎…一冊の中に三品以上あると、その本を買ってよかったと思えるレベル。

 ◯…一冊に七〜八品あるとその本を買ってよかったと思える作品。

 

 最後に、あらためて本全体を総評します。

 

 こういう書き方をするのは、初見の人に本を勧めつつ、できるだけ先入観を持たない状態で触れてほしいからで、評価が下に進むほど、ネタバレしてしまう部分も増える、というわけです。よければ、こちらもどうぞ。

 

 実話怪談という「本」について - 惨状と説教

 

総評

 S

 小田イ輔作。2020年刊行。

 

 怪談=幽霊や妖怪、というイメージを飄々とすり抜けて、まるでこの世界がバグって妙な挙動を起こしたかのようなヘンテコな現象まで鮮やかに描いてみせる特異な作家、小田イ輔の最新作。

 今作でもその持ち味は十二分に発揮されている。ファンはもちろん、未読の方にも、実話怪談というジャンルの「広さ」みたいなものが伝わると思うので、おすすめします。

 

 この本はkindle unlimitedで読めます。  

各作品評

 生まれ変わり…◯。後述。
 溜まり場で夕方…◯。この世のバグ系。この作家の十八番。
 酷い前フリ…◯。軽やか。
 その夜の逃げ切り…◯。後述。
 シャレとマジ…◎。実話怪談とバカの相性の良さが理解できる話。
 風船石の来る夜…◯。後述。
 蚊を捕まえるぐらいの力…◯
 少年と朽ちもの…◎。後述。
 ちくわを食わされる…◯。後述。
 紐…◎
 髪狂い / 噛み狂い / かみぐるい…◎。後述。

あらためて、総評

 『溜まり場で夕方』のような、この作家らしい怪談もおさえつつ、『酷い前フリ』のように軽妙なもの、『ちくわを食わされる』のような誰にも彼にも意味不明なものも収録され、とてもバリエーション豊か、かつものすごくハイレベルな本になっている。大傑作だと思うなあ。
 
 『生まれ変わり』について。幽霊の怪異を前フリにしつつ、生きている人間の「怖さ」を最後のオチに使う怪談も増えてきたが、結末に人間の「強さ」を持ってきた点で珍しい。好き。
 
 『その夜の逃げ切り』『少年と朽ちもの』について。怪談としてはどうってことないのだが、読ませられてしまう。よく考えるとものすごいことである。小田イ輔の、単なる色物作家ではない実力を証明している気がする。
 
 『風船石の来る夜』について。わけがわからないものについて、そのまんま「わけがわかりません」と明言してしまうことは怪談における一つのタブーというか、書いてる側にもわけがわからんものを読者に持ってきて、「ね、わけがわかりませんよね?」と平然と同意を求められてもこっちも困るぞ、という。
 ただ、怪談というやつは、そもそもわけがわからないものを描くジャンルでもあるわけで、怪談の妙味とは、根源として正体不明なものを扱いながら、その不明さに対する書き手のスタンスをどう上手くぼやかすか、そのバランス感みたいなものにある気がする。
 しかし、この話は「わけがわかりません」と堂々と言ってしまっているのだった。かつ、それでも成立してしまっているので、すげえとしか言いようがない。
 
 『ちくわを食わされる』。最初から最後まで意味がわからず、怪談なのかどうかも不明だが、ジャンルとして納めるとしたら怪談しかないようにも思えて、それって話の内容に合わせてカテゴリーの方を力尽くで広げちまったってことなのか…と思うと、なんだかすごく偉い気がする。
 
 『髪狂い / 噛み狂い / かみぐるい』について。連作。いくつもの話を束ねることでスケールの大きさを出す、みたいな色気があんまりなく、ほんのかすかにだけ留められた最後の余韻がカッコいいな、と思う。
 
 第42回はこれでおわり(おお、『死に』まで来た…)。次回は、『異界怪談 生闇 』を紹介します。以上、よろしくお願いいたします。

 

怪談奇聞 嚙ミ狂イ (竹書房怪談文庫)

怪談奇聞 嚙ミ狂イ (竹書房怪談文庫)

 

『怪談標本箱 毒ノ華』について

はじめに

 評価は次のように行います。

 まず、総評。S~Dまでの5段階です。

 S…価格、提供される媒体に関係なく手に取るべき。恐怖のマスターピース

 A…購入推奨。もしくはkindle unlimitedにあればぜひ勧める。恐い。

 B…購入してもよい。もしくはkindle unlimitedにあれば勧める。

 C…図書館で借りる、もしくはkindle unlimitedなら読んでもよい。

 D…読むだけ時間のムダ。ゴミ。(少なくとも俺には)。

 

 続けて、本の中で印象に残った作品を評価します。

 ☆…それ一品で本全体の価格を担保できてしまうような作品のレベル。

 ◎…一冊の中に三品以上あると、その本を買ってよかったと思えるレベル。

 ◯…一冊に七〜八品あるとその本を買ってよかったと思える作品。

 

 最後に、あらためて本全体を総評します。

 

 こういう書き方をするのは、初見の人に本を勧めつつ、できるだけ先入観を持たない状態で触れてほしいからで、評価が下に進むほど、ネタバレしてしまう部分も増える、というわけです。よければ、こちらもどうぞ。

 

 実話怪談という「本」について - 惨状と説教

 

総評

 C

 戸神重明作。2020年刊行。

  

 奇をてらったところのない、オーソドックスな怪談集。一作品あたりが比較的長いかもしれない。また、会話の挿入が多いのが特徴、という印象を受けた。

 

 この本はkindle unlimitedで読めます。 

 

各作品評

 なし。 

あらためて、総評

 まず、人によっては愛好する怪談だろうな、と思ったことをことわっておく。
 
 誰かが艱難辛苦して世におくった成果を、たかが数十分でブログに起こした駄文で悪しざまに言うのだから、それこそ恨みを買って当然だろう。本題に入ると、俺はあまり合わなかった。
 怪談の内容が、というより、文章の起こし方として問題があった。
 俺が実話怪談に求める感覚から言うと、描写が冗長すぎる。会話部分も多用されすぎていた。
 好みで言えば、実話怪談の文章はもっと削ぎ落とされている方が良い。セリフについても、「」を使用する代わりに、"◯◯さんは~と感じたそうだ。" とか、 ”~ではないか、と◯◯さんと友人は言い合った。”、とか、散文で記載してしまい、極力、「」を用いない方がスマートだと感じる。
 一方で、こうした文章の特徴を、映像的、重厚として好もしく受け取る読者もいるだろうと思うが。
 そういうわけで、C評価にした。俺と感覚が同じような人、あるいはまったく反対の人、それぞれに参考に使ってもらえればよい。 
 
 第41回はこれでおわり。次回は、『怪談奇聞 嚙ミ狂イ』を紹介します。以上、よろしくお願いいたします。

 

怪談標本箱 毒ノ華 (竹書房怪談文庫)

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