webronza.asahi.com ガースー元首相への取材経験を通して書かれた回顧録への、書評としての記事。
文中で、著者がオフレコを暴露したことが批判されている。しかし、それならまずは、オフレコという慣習がなぜあるのか、そもそも、取材の結果わかったことを秘める必要がどこにあるのか、という点を説明する必要があると思う。
一方で、「合同記者会見と個人的な取材の二段構えで政治家に迫ろうとすれば、自然と前者がないがしろにされる流れになる。それはまずいだろう」という意見はわかりやすいと思った。
以前、『政治部不信』という朝日新聞の新書を読んだことがある。
黒川検事長との賭け麻雀に朝日と産経の記者が同席していた、という報道のあとだったため、この本で身内の暗部を書き尽くそうというヤケクソのような内容になることを期待していたのだが、読んでみれば「記者にもいろいろしがらみがあるから、しょーがねえんだよな」という別の意味でヤケクソな内容であり、脱力した。
いまでも新聞の品の良さ、扱う情報の範囲に一番親しみを感じる。ただ、それは新聞がかつて「君臨」していた名残みたいなものでもある。
俺より若い世代にはもっと関係のない話だ。うまく言えないが、もっと奮起してほしいと思う。でも、まだ期待している。
anond.hatelabo.jp 急にできなくなってしまった話。
自分の中で気がつかないうちに変わっていくものもあれば、光がぽっと明滅するように消えるものもあるんだろう。
やりたいこと、できることは、自分の中にあるうちにやっておきたい。
www.jamstec.go.jp ディクラテリアという微生物が、なんか石油に近いものを作ってるみたいだぞ、という話。
トピックとしての面白さももちろん、発見した側に対する質問も上手い。
「石油ってことは、燃やすと温暖化につながるリスクがあるんじゃね?」
「この性質を有効活用するとしたら、効率的に生かす方法は何?」
「そもそも、こいつはなんで石油みたいなものを生産しているんだ?」
…読んでいる側が聞きたいことを文章にしてくれて、気持ちがいい。
記事の最後には、一般の関心が高まることが研究費の獲得につながるんだな、というお金の事情みたいなものもうかがえる。以前どこかで目にした、「その発見が世の中の役に立つかどうかとか、聞いてほしくねえんだよな~」という研究職のぼやきにも同意するが、発見の意義についてわかりやすく説明するこうした能力、見習いたい。
www.daily.co.jp 痛いところをつかれて笑っちゃう話。
笑いというのは、いくらかは「誰かがすでに笑っていること」で生まれる。
ということで、権力者が自分から笑い始めると、周囲もつられて笑う。何笑ってんだこの野郎、という雰囲気につながる場合もあるだろうが、巧みにやれば窮地を逃れることができる。
だから、俺は政治に笑いを持ち込むのがあまり好きではないのだった。『へうげもの』にも、「笑ったら負けよ」という名シーン(であると同時に、少しゾッとさせられる場面)がある。
ところで、俺は維新があまり好きではないのだが、笑いを交えて同調的な空気感を生み、反対意見を押しつぶして論点を曖昧にする、という手法はリベラルもよくやる。みんな同じ穴のムジナだと思っている。
blog.tinect.jp 飲み会ではセクハラだと批判され、オンゲでセオリーや効率についてアドバイスすれば恨みを買って晒されて、とりあえず、他人とは接点持たない方が得だよな、という話。
結論としてそうなるのは理解できるが、「相手がどう受け取るかわからない」という共通項によって、セクハラ(嫌がらせ)と、オンゲでウザがらみと判断されるリスクを一緒にするのは乱暴だろう。
なんにせよ、人と関わらない方がいいってことだろう、という結論は賢いと思うが、答えが同じになるものでも、自分のメモリが許す範囲で区別はしておきたい。
以上。人付き合いの話が多かった。