同じくする者、違える者。『オオカミライズ』1巻の感想について

 伊藤悠の漫画は好きなところがいっぱいあって、そのうちの一つに、本来立場が違う者同士の共感や、反対に元々は近しい者同士の精神的な離別がある。
 『皇国の守護者』の新城とバルクホルンとの友軍敵軍の壁を超えた友情のようなものだとか。
 『シュトヘル』でジルグスという敵将が、当初は政治的に利用するただの道具のつもりで扱っていたユルールを次代の王の器と認める場面とか。
 優れた相手は立場にこだわらず評価する合理性と、立場の垣根がありながら相手に惚れ込んでしまう人情の部分が溶け合っている。とてもよいです。
 逆に、親しみを失わないまま、譲ることのできないものによって別れて行くこともある。
 親しい兄弟でありながら、文字という文化をめぐって決定的な相いれなさを抱えるユルールとハラバルとか。
 かけがえのない双子でありながらある事件で決裂するトルイとナランとか。
 相手が自分にとって価値をなくしたわけではなくて、何よりも重要なもののために、相手の不在を飲み込んで先に進む覚悟。これもいいですね。

 

 そして新作の『オオカミライズ』。
 日本、中国、ロシアを舞台に、人間に不死性を与え怪物へと変貌させる生体兵器をめぐるこの物語も、異分子同士の出会いと、心かよってから訪れる別離が、引き続きテーマの一つになりそうで、すごく期待している。

 

 作中ではすでに日本という国家は過去のものとなっている。日本列島は中国とロシアによって分割統治されており、日本人は中国国内56番目の少数民族という扱い。
 まず登場するのは、上記の生体兵器の影響で完全に人の姿を失った男、ケン。
 そして、その生体兵器討伐部隊として登場する中国軍の一員、アキラ。
 二人はかつて親しい仲だったようだが、何かの因縁で現在は対立している。アキラは中国軍から逃れ陰棲していたケンを殺しに来たようだが、怪物と化したケンの圧倒的な存在感を前に敗走する。
 そこに、ケンとアキラ共通の友人で、不死身の生体兵器を圧倒するほど強い謎の優男イサクがからむ。
 三人はかつて、中国統治下の日本人コミュニティで出会った友人同士だった。
 正義漢だがリアリストでもあるアキラ、良くも悪くも純朴でコミュニティ内では軽んじられているケン、そして、同じく純粋で友人思いだが敵には容赦のない暴力を振るうイサク。
 過去のエピソードで描かれる三者の性格は、時代を経て姿かたちと立場が変わっても本質的に同じのように見える。
 それでも、いまはお互い違う道を歩むことになったようだ。
 友人同士だった彼らは、何があったために道を違えることになったのか。それは、どうしても譲れない何かのためなのか。その背景が語られるのを待つ。

 

 正直に言うと、万人に絶対にすすめられる作品ではないような気がするのだな。
 キャラクターたちの行動の動機は個人的で複雑だし、戦闘も泥臭くて、大変失礼だけど、たくさんの読者がひっかかるフックの多い漫画じゃなさそうだ。
 でも伊藤悠作品に期待するものとしては申し分ない。従来からのファン含め、キャラクター同士の太くて重い因縁が好きな人には刺さる内容だと思うので、以上、よろしくお願いいたします。

 余談ですが、相変わらず無邪気さとそこ知れなさの同居を描くのがマジうまいです。現在のケンがほんと怖いです。