はじめに
『オカルトジャーニー』と『ニクバミホネギシミ』が面白い。『裏バイト』は言わずもがな。
それぞれ、ホラーとしての見所が少しずつ違うのも興味深くて、他の作品との比較もしつつ、整理してみようと思った。
『オカルトジャーニー【閲覧注意】』
駒魔子作。ヤングジャンプ派生のwebメディアである、となりのヤングジャンプで連載。
借金暮らしでぐうたらな干物女・杉山ノリコが、借金先である反社の浅井と組んでオカルトテーマの動画配信に挑み、バズって広告収入&借金返済を目指す、というバディストーリー。
いきなり脱線するが、あらためてかんがえてみると、『オカルトジャーニー』に限らず、『ニクバミホネギシミ』も『裏バイト』もバディものである。
コンビがホラーに挑むという物語の利点を考えると、まず、危機的状況を描きやすい、というのがある。一方がピンチでも、もう一方が助けに来てくれるので。
単独で怪異に向き合う場合、ピンチから脱出する方法を考えるのが大変であり、その点、バディは便利である。
あと、ホラー作品における演出の基本が、「安心」から「恐怖」の落差だと考えると、コンビの方がやりやすいと思う。
例えば、コンビで漫才みたいなかけ合いをしている場面で、背後から化け物がヌッ、みたいな展開を考えるとわかりやすい。一人で化け物と向き合うより、平穏と異常の振れ幅をつくりやすくなるという点でも、バディはホラーと相性がいいんだと思う。
閑話休題。『オカルトジャーニー』の話に戻る。
ホラーの主役はある意味で人間ではなく化け物であり、オバケのクオリティで作品の評価が決まるとも言えるが、『オカルトジャーニー』のオバケは、『ニクバミホネギシミ』や『裏バイト』とは違う意味で独特である。なんというか、「薄っぺらい」のである。良い意味で。
1巻で登場した風俗店の怪異とか土俗信仰みたいなやつには、まだ化け物としての因縁らしきものがあったが、人探しの怪文書はかなり正体不明だったし、これが2巻に入ってさらにペラくなっていく(しつこいけど、良い意味で)。
中でも「テキサス宮」の薄っぺらさは出色である。これは神社の模型にカウボーイハットが引っかかっているというものであり、供え物をすると、相手に呪いをかけることができるという、負のパワースポットである。
神道とアメリカファッション?の組み合わせも奇妙なら、名前の投げやり感も相当おかしい。そして、主人公たちが調べたところ、神社とカウボーイハットには、そもそも何の関係もなく、大学の企画でつくって捨てられたミニチュアの社に、誰かが後から帽子をかぶせ、さらに供え物までされるようになった、ということがわかる。
つまり、成り立ちの一つ一つがまったくかみ合っていない。それでいて、実際に強烈に祟るのである。
え、何それ? という真相だ。ここで、「まあ、都市伝説とか呪いとか、実際はそういうもんだろう」とうなずくこともできるけど、とにかく、他のホラー作品で重厚な因縁や世界の深層が扱われているのに対して、この薄っぺらさがものすごく印象的だった。
オバケのビジュアルも具合が絶妙で、ホラーとしての格式とか奥行きみたいなものがあんまりなく、キッチュというか、アートで言ったらウォーホルみたいな、考察する前に半笑いになっちゃう感じというか。でも、ちゃんと不気味で怖いんである。
2巻の終盤では、このジャンルではお約束の強強除霊師が登場。その正体には裏があるが、実力は本物である。
ゆがんだ見方かもしれないが、ホラーというジャンルにおいて、有能なプロフェッショナルの最大の見せ場は、オバケに無惨に敗北するときだと思っている。
もちろん、必ずしも負けなくてもいいのだが、『オカルトジャーニー』にもいつか、そういう展開が来るだろうか? と思って楽しみにしている。
『ニクバミホネギシミ』
パレゴリック作。新潮社運営のwebメディアである、くらげバンチで連載。
いま気づいたけど、となりのヤングジャンプも、くらげバンチも、『裏バイト』の裏サンデーも、全部webなのだな。
オカルトライターである犬吠埼しおいと、犬吠埼の取材に協力するカメラマンであり霊媒体質の浅間博鷹によるバディもの…なのだが、主人公の一人である犬吠埼は作品冒頭で壮絶な死に姿を見せており、物語は彼女が存命中の出来事を回想するという形式で進められる。
ホラーとしてはいわゆる純和風な作風で、じっとりとした雰囲気、土着信仰、因習、異形、虫…といったテーマの作品。
この漫画はオバケのビジュアルがとにかく強烈である。変形した人体や虫が苦手な人だと本当にショックを受けるレベルで恐ろしい。
あと、先に書いた『オカルトジャーニー』の怪異がいい感じに薄っぺらいのに比べると、『ニクバミホネギシミ』のオバケは行動原理がまだ理解できるのも特徴的。ただ、あくまで化け物なので、せいぜい「何をしたいか」がわかる程度だが、これはこれでいいアンバイだと思う。
あと、うまく説明できないのだが、バトル系の少年漫画っぽい演出の巧みさを感じる作品である。
例えば、呪われた鏡をめぐる章で、犬吠埼が三面鏡をのぞき込む、という場面がある。
一つのページが四段のコマに区切られていて、三面鏡に映っているものがコマを移るごとに少しずつ変化していく。
一段目のコマ、二段目のコマまでは、下を向いた犬吠埼の頭部がそのまま映っているだが、三段目で犬吠埼自身はまだ下を向いているのに、鏡の中の犬吠埼は顔を上げており、さらに四段目では…という演出がされる。なぜかここに、バトルものの雰囲気を感じた。
あと、別の章で登場した不気味な観音像を見て、カメラマンの浅間が持ち前の霊感ゆえに「(観音の)裏に何かあるのか」と尋ねてしまったのに対し、観音を見せた人物が「(思わぬ獲物を見つけた、という感じで)なぜ、そうお思いに?」と不気味に笑う場面とかにも、少年漫画っぽいテクニックを感じる。
ぎっちり詰まった背景も、質感のある細部も、見ていて飽きない。こちらも追いかけていきたい(ただ、刊行がそんなに早くないのである)。
『裏バイト:逃亡禁止』
言わずもがなというか、モダンホラー漫画の大傑作である。
裏バイトと呼ばれる、オバケに殺される危険があるため、極めて高額な給料が支払われる仕事に、フリーターで行動力に優れる白浜和美と、同じくフリーターで危険感知の特殊能力を持つ黒嶺ユメのコンビが挑む、というあらすじ。
登場する怪異は地縛霊のようなオーソドックスなものから、国を一つ滅ぼすアイテムだったり、歴史を根底からロールバックしてしまう "調整者" だったりと幅が広く、場合によっては異様に殺意が高い(例:呼びかけにリアクションしただけで死亡、など)。
オバケのバリエーションだけでなく、読者の裏をかくような凝った構成も特徴的である。一件落着…と思いきや全然解決してなかったり、ホラーと思いきやコメディだったり、見ていたものがすべて幻覚だったり…と、ミステリやSFのような魅力も持つ。
最近の『裏バイト』に関しては、批判を多く書きたいと思っている。たぶん、「軍手落とし」あたりから、前ほどのめりこめなくなってしまった。
先に書いたとおり、ストーリーの構成がかなり凝っているため、恐がる以前に、何が起きたのかを理解するのが大変になってしまった。また、こうした複雑さとも関連すると思うが、一番冷めてきた理由は「あれ、バイト代は結局、何に対して払われてるんだっけ?」というのが、いよいよ、わからなくなったからだと思う。
俺は以前こういう記事を書いていて、何を求められて労働の対価が払われているか、いまいちクリアじゃなかった本作において、初の黒岩案件となるこの章はとてもクリアで、それが素晴らしいと思った。
怪異そのものの打開は前提条件でしかなく、給与と引き換えに求められるのは、現実的な労働やストレスである、という点も斬新でよかった。同じような理由で、その後に出てきた「仲買人」の章も、労働のクソさが表れていて好きである。
ただ、他のエピソードでは、ホラーのインパクトや謎解きの比重が高く、その辺にちょっとずつ、ズレが溜まっていったような気がする。
もちろん面白いし、ダメじゃないけど、じゃあ仕事っていうより、お金がもらえるデスゲームとして読むってことでいいのか? っていう(そもそも、そういう要素があることを否定しないけど)。
直近のエピソードである花屋スタッフで、いよいよ物語全体が終盤に入った気配がある。
花屋スタッフの本編は、やっぱり「何に対して払われた給与?」というのがいまいちわかりにくい。でも、エンディングでの、コメディを加えたエモい場面を前フリにして、一気に絶望感に変換する展開は強烈で、本当にすごいと思う。
前から何度か書いているが、俺はユメちゃんは正直怪しいと思っていて、最後に何もかも暗転するような、すごい喪失と絶望がやってきても、この漫画なら全然おかしくない。
だからこそ、完全なハッピーエンドにするのも、この漫画しかできないと思う。色々文句は書いたけど、終わるのはやっぱり惜しいし、それでも楽しみだ。
いま思い出したけど、『ゆうやけトリップ』もバディものだなあ。ストーリーもいいけど、主役は背景でもある。高低差マニア? はぜひ。