惨状と説教

誰か山から降りてきてほたえてから山に帰っていく記事。ブログ

ソニックマニア2017の感想について~Perfume、Liam Gallagher編~

はじめに

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 音楽イベント観に行くのを「参戦」とか言いだしたら人間もう終わりである、というのは以前書いたとおりである。

 なんかわざわざ人に言って聞かせてる感じがするじゃないか。うるっせーつぅんだよ、というのも以前書いたとおりである。

 

 というわけでソニックマニア幕張メッセで開催されているサマーソニックの前夜祭的なやつ)2017に参戦してきた。なお、このツカミも以前書いたとおりである。

  流れはPerfume、元OASISフロントマン・Liam Gallegher、そしてKasabianの邦楽テクノ→UKロックコースです。

 

 Perfume…眼福。影法師さえ美しい。

 ソニックマニアは昨年開催されなかったので、来場は2年ぶり。

 夜の東京駅を、おそらく他の参加者と思われる人たちと方向を同じにしながら京葉線に向かう。降りた海浜幕張駅には、もうはっきりと幕張メッセに向かう人の流れができている。

 22時、Perfume開演。俺の位置はフロアほぼ真ん中あたり。

 詳細なセットリストは他に譲るとして(そこまで熱心なファンじゃないので、知らない曲があったというのもありますが…)、GLITTER、ポリリズム、Spring Of Life、ワンルームディスコなど踊れる曲をつなげながら演じられた約50分。

 俺はソニックマニアで過去2回Perfumeのステージを観ていて、まあ毎回思うことなんですが、三人がとにかくかわいい&美しい。

 電子的な音楽と汗を浮かべて踊る身体性との絶妙な協調。幕張メッセの無機質な壁に、踊る彼女たちの影がステージの光で投げられているんですが、もうそれさえ美しい。

 一方、最前列ではまた違ったと思うけど、フェスとして熱狂が俺のいる位置まで波及していたかというと微妙かな?という気がしました。

 観ているだけで楽しいのでついじっと見いっちゃうのもあるし、「ややファン」ぐらいの立ち位置だと、周りが静かだったりするとなかなか忘我で踊りにくいのもあるし、という感じ。このあたり、単純に集客数が上がって全員バカになれる空気を大勢で共有できると違ってくるんだろうな、と思います。

 

 Liam Gallegher…残光。なれど力強く。

 日付もそろそろ変わる23時35分、Perfumeと同じステージを引き継いで登場するのは、かのOASISのフロントマン・Liam Gallegher。

 ビッグネームの面目躍如でフロアはかなり人が入っており、OASISを解散→Beady Eye結成するもこちらも解散→本格的にソロシンガーへ、と進んできたリアムがいまどんなステージを見せてくれるのか、いわばその現在地に対する注目度の高さが現れたのかもしれない。

 予定時刻にほぼ遅れなく開演(リアムのことだから時間なんか守んねーんじゃねーの、とか思ってたんですが)。のっけからOASIS1stアルバムの第1曲『Rock ’N’ Roll Star』で始まり、続いた曲も同じくOASISの『Morning Glory』。

 3曲目は先日公開のソロ曲『Wall Of Glass』。そこからOASIS時代、OASIS解散以後を混ぜながら、最後は『Live Forever』、そしてなんと『Wonderwall』で〆。

 リアムと言えばその声質が「ジョン・レノンジョン・ライドンを足したような声」というものから「ゲロ声」まで、通常ありえないレベルの毀誉褒貶があることで有名で、じゃあ今回はというと正直あまり安定はしていなかったと思う。

 OASIS時代の曲の方がひどく、『Live Forever』サビの「You and I are gonna live forever」なんててめえ自分が声出ねえから客に歌わせてねえか、という。一方、OASIS後の曲は美しく声が出ていたような。まあ、あまり聞き慣れていない分評価が甘くなるのかもしれませんが。

 

 リアムのステージには観る前に思ったことがいっぱいあったし、観た後にもある。

 率直に言うと俺が好きなのはあくまでOASISのボーカルであるリアムであり、その後の活動で発表された曲にはあまりピンと来ていない部分があって、たぶんリアムの方もそういうやつが何人かはいることは理解していて。

 その上でどうやってステージを作ってくるのだろう、というのが最初に思ったことだった。リアムがいまの自分はソロのシンガーだから、という理由で最近の曲だけをやってもそれは当然の判断だけど、正直、それは俺が求めているのとは別だな、と思った。

 結果、リアムはOASIS時代の曲を演奏の皮きりに選び、最後にも『Wonderwall』を持ってきた。その背景はわからない。

 観客の反応は、やはりOASIS時代のものの方が大きかったと思う。解散以後の曲として選ばれたものに縦ノリするタイプのものがないから、というのも影響はしたかもしれないが、「聞かせる系」の歌であってもすべてが合唱可能だったOASIS時代と比べると、残酷な言い方をすれば落差があったはずだ。

 でも、かえって明らかになったと感じるものもあった。それは、リアム・ギャラガーというミュージシャンが、曲や観客の反応に左右されない部分を持つ、やはりすさまじい存在感の持ち主であるということ。

 不安定でもやはり耳を奪われてしまう声。ふてぶてしく、余裕満々でありながら全力でもあるという不思議な雰囲気。40代も半ばに入ったオッサンなのに、ステージ上の一挙手一投足から、子供を見るような気持ちで目が離せない。

 もちろん以前に比べて年は食った。変わらないけど変わり続けるリアム。そんなリアムの現在地を知ろうとすると、どうしても過去の思い出と未来の観測が混じってしまって(例えばOASIS再結成とか…)よくわからなくなる。でも、稀代のロックスターってそういうものかもしれないな。100点満点とは言わないけど、観てよかったと思うステージでした。

 

 長くなったので続きは後編で。後編はKasabianです。

sanjou.hatenablog.jp

異次元でした。