惨状と説教

誰か山から降りてきてほたえてから山に帰っていく記事。ブログ

胃袋に鼠穴が空きそうだ。ハハノシキュウ、『鼠穴』について

ハハノシキュウ

 ラッパーです。長髪で素顔を隠した、一度見たら強烈に印象に残るビジュアルの人です。

 自分の思考を内部から引きずり出してくるような、独白スタイルで生っぽい、センテンスの長い歌詞が特徴です。

 なんというか、ものすごく内省的で考えることが病的にクセになってる人が、MCバトルや録音の機会に自我に穴が空くような感じで内側に吹きだまってた言葉があふれ出てくるというか、そういう感じのラッパーです。

 怖いけどチャーミングでもあります。この動画呂布カルマとMCバトルしているのを観て好きになりました(負けちゃってるけど)。かすれた声も特徴的で良い。

 

『鼠穴』

 変なタイトルだな、と思ったら同じ題名の落語があってそれがベースになっており、このネタを現代風に翻案したストーリーをラップする、という楽曲です。

 落語×ラップ。最初は不思議な印象もあり、「まあハハノシキュウって、なんか古典好きそうだもんな」なんていう、超個人的な感想で、俺はこの二つの芸能を勝手に橋渡ししていた。

 ただ、よく考えるとどちらも、一人の人間が言葉だけを武器にして大衆のこころと渡り合うという強烈な共通項があって、なるほどな、と思いました。あと、ラッパーのR-指定がこんなことを言っていたりもします。

僕が落語とラップは通じると勝手に思ってるところが、立川談志さんが本とかで「落語は人間の業の肯定」って言ってはるのを聞いたときに、めっちゃヒップホップやんって思ったんです。

 

 この『鼠穴』を、俺は本当に気まぐれに今日聴いたんですが、これはマジですごかった。

 感覚的には、奈落に全身を引きずり込まれながら、内臓をギリギリ絞り上げられているようなものがあった。

 12分近くあって長い曲なんですが、それをまったく感じさせない。聴き終わったあともう一回再生したっていい。

 それでいて、11分超の長さを持つ意味がちゃんとある。この分量でないと表現できない起承転結がある。

 上で書いたとおり、ハハノシキュウの歌詞はセンテンスが長くて、小説の一節に似た感触があります。そして、それを感情込めて歌うので、演劇にも近いものがあります。

 『鼠穴』の、特に後半は鬼気迫る。「お前、面倒見るって言ったよな?」「みんな火事で死んじまったかもしんねえんだぞ?」。良いです。

 

 最後に、これは原作の『鼠穴』の解釈にもかかってくるんですが、ハハノシキュウの言葉だからこそ聴いた俺を揺さぶったと思うので触れておきます。

 『鼠穴』はトータルではハッピーエンドなんですが、単なる美談で終わらない、二重写しの世界に聴いた者を落とす力のある物語だと思います。

 夢の中の火事で主人公がすべてを失い、兄弟に、お前が俺に酒をすすめて引き留めたせいでこうなった、と問い詰めたとき、兄弟は次のように言い返します。

 そんなの、酒飲んで言った言葉じゃねえか、と。真に受けてんじゃねえ、と。

 『鼠穴』の曲の頭で、「これは言葉のパントマイム、元からそこにはなんもない」という一節があって、たぶんそれが、ここにかかってきます。

 火事は夢の中の出来事なので、主人公は実際には何も失ってないわけですが、仮に本当に、現実で火事が起きた場合、兄弟はなんて言うだろう、と考えたとき、俺はたぶん、夢の中と同じことを言うんじゃないか、と思うわけです。

 このとき、人の心というか、世界そのものが二重になった錯覚を覚えるというか、いまは平穏なルートをたまたま走っているけれども、それは別に世界の「層」がたった一枚で構成されているわけではなくて、影の世界、悲劇の可能性の世界がぺったり裏側に常に張り付いているような、なんだかヒヤリとするものを感じさせます。

 

 そういう深読みを誘うのも『鼠穴』に込められた熱量のなせるワザなので、皆さんぜひ聴きましょう。以上、よろしくお願いいたします(itunesのサブスクでも聴けます)。

 

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