看護婦。女性看護師。
なんのとは言わないが、一大ジャンルであると思う。
俺は特に好きではないけども、「ああ、なるほどね」と思わせられる体験があった。
入社当初、総務課長に健康診断の提出を求められて正直に「ないですね」と答えたところ大型犬の横ツラを不意打ちではたいたような顔をされて、事態の深刻さがなんとなくわかったので、早急に近所のクリニックに予約をとった。
健康診断では女性の看護師が一人付き添いでついてくれて、身長、体重、計測のための機械を二人で巡っていった。
そのとき、心電図をとるための機械だったかよく覚えていないが、体を横にする場面があった。
計測が終わって体を起こそうとしたときだ。目をつぶっていたのかもしれない、頭上にあった何かの機材に気がつかず頭を痛打した。何か呻いたかもしれないが、それよりも早く「あっ」という看護師さんの声が聞こえた。「ゴツンしたね…。痛かったね…」
ゴツンしたね。その言葉と、続けて尋ねられた「大丈夫?」という言葉と、なにか二重に響きながらしばらくぽわんとしていた。
どれだけボンクラだろうが世間をナメていようが、20歳を超えて求められるふるまいがあるのはわかっていて、でも精神的には小4ぐらいで進歩が止まっている。
当然心に無理が生じて摩擦が出てくる。そこに「ゴツンしたね」…。なんか楽になる実感があったのだった。
後日友人と話した結果、だいたい病院にいる人は自分のすべてを相手に委ねることになるので、非日常的なその解放感が、源である看護師に好意として注がれるんじゃねえ、という話になった。
それが、さらに解放感を求めようと思って行き着く果てがエロ。それゆえの一大ジャンル。なるほどね。あの看護師さんはいま元気にしているだろうか。
ヒロインが看護婦で可愛いんだけども。
イギリスはロンドン警視庁の中にある犯罪遺留品を展示する博物館、通称“黒博物館”と呼ばれるこの場所に訪問者がやって来て、館の学芸員相手に展示品にまつわるエピソードが展開される…というあらすじは前作の『スプリンガルド』と同様。
マジメだけどピンポイントでぶっ飛んでていいんだけども。
ボンキュッボンなんだけども。
あと前作に引き続いて学芸員さんも登場しているんだけども。
だけども。
ただし今作の特徴は、この語り手がなんと幽霊だということだ。
主な登場人物はこの幽霊と、彼がとり憑いていた一人の女性。自分の非力を嘆きそのために自死を願う女性が幽霊と交わした、「彼女がこの世に絶望しきったときにその命を幽霊が奪う」という奇妙な約束を主軸として、物語が展開する。
看護婦を目指しているその女性は、後のフローレンス・ナイチンゲールその人(作中ではフローと呼ばれることが多い)。良いキャラ。高潔で行動力があって、ボンキュッボンで(wikepediaの肖像写真は見なかったことにしておく)。
人を救うためならむちゃくちゃやるけど、ちゃんと世間的な常識は持っていて、それゆえに悩みもしていて、でも要所でネジが飛んで大立ち回りをやる。
良識と理想との間のフラストレーションを昇華させてブチ切れてタンカを切るフローはすごく魅力的だ。俺は素でイカれているキャラクターよりこういうのが好き。
幽霊(男)とは最初は前述の契約をふまえた主従関係みたいな感だったけど、まあなんじゃかんじゃそういう感じになる。幽霊を見つめる視線に段々特別な感情がこもっていく過程はキュンと来る(初対面ではのど輪されてたけど)。
幽霊の名はグレイマン。通称グレイ。
かつては腕利きの決闘代理人だったけど、ある日その決闘で敗れて死亡。以降、自分と因縁のある劇場にとり憑き、決まった席で演劇を観続ける日々を送っていたところ、フローに出会う。
フローのことは最初は面白い女ぐらいにしか思ってなかったようだけど、先に惚れたのはグレイの方。同じ作者の『うしおととら』のとらよろしく、害なす存在からなくてはならない右腕へと変わっていく。
グレイがフローに抱いていたのが恋愛感情かどうかは見方が変わるだろうけど、俺は恋愛のそれだったと思う。
個人的には「フローが絶望しきったときに殺す」なんて奇妙で相手次第の契約をしたのが失策だったな。自分が飽きたら殺す、ぐらいにしておけばよかったのに、この約束のせいでフローの一挙手一投足に注目せざるを得なくなった。
何でもじっと見てると好きになる。くそう、と一応思う。(『イキルキス』by舞城王太郎)
ということだ。
相手が絶望しきったときに殺してやるつもりだったのに、なかなかそうならない…どころか生気を増していくフローを見て、色々ぼやくグレイ。そう言われても、と困るフロー。
クリミア戦争が開戦し、現地の傷病兵を救うために危険地帯へ向かおうとするフローに、「俺が殺す前に死んじまうからそんなとこに行くな」と憤るグレイ。「そんなに殺したければ今ここで殺せばいい」と応酬するフロー。
このリアルにいたら勝手にしろ感。
軽口と駆け引き。本音のぶつかり合い。二人だけの世界でパワーバランスが絶えず揺れ動き、しかしお互いにかけがえがなくなっていく。だから俺はこの漫画について、アクションであり歴史ものでもあるけれど、半分くらいはラブコメだと思うんだった。
あと前作に続いて学芸員さんも登場。出てくる割合的に少しフローに喰われ気味のところもあるけど、やっぱり可愛いですね。次回(何年後になるのか)は聞き役以上の活躍を期待したいところ。
最後に結末について(以下少しネタバレ)。
いいオチだったと思う。納得いかないところもあり、それゆえに訴えるところがあった。
あのエンディングについては色々解釈があるようだけど、しっくり来たのは「結局地獄に行く側だったから」という考え方だろうか。
でも、あまり突き詰めて読み解こうとしなくてもいい気もする。理由とか意味とか。なんとなく「そうか」と思った。すごく良い情感込めての「そうか」だ。それでいい気もする。
実はこの作品、フローレンス・ナイチンゲールの伝記としての要素が強い。物語の見せ方は楽しめても「次に何が起きるか」にそこまで興味が持てない時間帯は冗長さを感じた。
でも結末で完全に評価が定まった感じ。上下巻で長いし値段も張るけど、チャンバラとあとイチャイチャがあんまり全面に出てこない恋愛ものが好きな人にはおすすめです。以上。
ボンキュッボン(今のうちにたくさん言っておかないと一生言わない言葉のような気がするので)。