はじめに
恐怖10傑
内容について、あまりクドクド事前に聞いてしまうと、いざ実物に触れたときに感動できない、という人もいると思います(俺自身がそう)。
いきなりですが、先に順位だけ発表しようと思うので、興味を持たれた方は、ぜひそこで止めて、本の方を手に取ってください。怪談としても、その方がきっと幸せだと思います。
・10位 奇怪な像が在った場所(『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)
・9位 都会の遭難(『東京伝説ー忌まわしき街の怖い話』収録。平山夢明作)
・8位 虚無の予感(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作)
・7位 事故現場、及び、その周辺(『心霊目撃談 現』収録。三雲央作)
・6位 マングローブの畔で(『「超」怖い話Γ』収録。平山夢明作)
・4位 サイコごっこ(『東京伝説ーうごめく街の怖い話』収録。平山夢明作。)
・3位 穴(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作。)
・1位 出会い系(『東京伝説ー狂える街の怖い話』収録。平山夢明作。)
各作品評
10位 奇怪な像が在った場所(『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)
「怪談というのは本の中で配置された場所も重要で、荒唐無稽な話も後半に置くことで…」などと言っておきながら、この話は本の先頭、トップバッターである。
別にいいのだ。だって、朱雀門出はこういう作家ですよ、という名刺代わりとして、とびきり最高品質だからだ。
生理的な不快感、読む側が抱える闇の部分をみすかしたような怪異。そして、何より意味がわからないのは、このような異常な事象を、淡々と世間話でも語るような作者自身だったりする。
「…一体、この話は何なんだ。この人はどういうつもりでこんな話をしているんだ」。
怪談の中で何が起きたかよりも、そもそも自分が何を読まされているのか、めまいが起きるような感覚。不安感。素晴らしいと思う。
9位 都会の遭難(『東京伝説ー忌まわしき街の怖い話』収録。平山夢明作)
大量の虫。狂気。閉塞感。そして、悲哀。
オバケではなく実在する異常な人間を題材にしたこの作品では、「ああ、俺はいま確かに、平山夢明を堪能している」という実感を、これ以上なく豊かに感じられる。
生活がどれだけ豊かに、安全になろうと、俺たちがお互い、どれほど密接につながり合おうと、狂った人間がその気になれば、「お前を閉じ込める。誰にも見つからないところで延々と壊し続ける」という欲望から身を守るのは難しいようだ。
膨大な悪意がのしかかってくる中で、ひとかけらの感傷が見えるのも、この作家らしい。
8位 虚無の予感(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作)
怪談というのは科学で説明がつかないわけだが、これを、オバケがはっきり登場する心霊系と、世界そのものがバグったような動きを見せる超常系に区別したとする。
『虚無の予感』は前者の怪談を「終わらせてしまった」作品だ。
オバケが存在することは恐ろしい。しかし、亡くなった親しい人々が自分を見守っているかもしれないし、自分が死んだ後も、自分の大切な人を見守れるかもしれないじゃないか。
オバケは、本当に怖いものなのか? あるいは、オバケなんて実はいないことの方が、ずっと恐ろしいのではないか?
怪談にして、唯一無二のアンチ怪談、それが『虚無の予感』である。
7位 事故現場、及び、その周辺(『心霊目撃談 現』収録。三雲央作)
散文ではなく口語のスタイルで書かれる怪談はときどきあるが、それにプラスして複数の視点を積み重ねる、というのはあまり見かけない。
事故が多発するとある現場について、何人もの語り手が証言していくのだが、それぞれの発言をまとめても、ここで結局何が起きているのか、まるで見えてこない。
お互いに関連性があるんだかよくわからない怪異が重なり、束ねられて、得体が知れないのに、巨大な渦巻きを描いて不穏さと緊張感が高まっていくことだけがわかる。
多くの語り手という変則的な形式を生かし、長めの分量があるだけ現場の異常さが迫ってくる傑作。
6位 マングローブの畔で(『「超」怖い話Γ』収録。平山夢明作)
怪談の構造というのは、普通、ピークが終盤にある。当たり前の話で、作品の前半から中盤と高まった緊張感を、最後にオバケの登場によって消化(昇華)する、というかたちになる。
『マングローブの畔で』の絶頂は、しかし、作品の中盤にある。
もちろん(?)、オバケは最後に登場するが、一番怖いポイントは別なのだ。
研究のためにやってきた南洋、マングローブ林に張ったテントで一泊するという特別なシチュエーション。自分以外の訪問者の存在。
もはや確定事項として、地獄しかこの先に待ち受けない。
いまここにある絶望に、未来の恐慌が心理的に前借りされることで、これ以上ないストレスとなる。それを描き出せる平山夢明の筆力が素晴らしい。
本の中で配置するとしたら、後半しかあり得ない話。『殲滅』がまさにそれである。
呪いであると同時に神威。吹き荒れる災厄。遠慮という概念のない、オバケに次ぐオバケ。
前半でいきなりこれを読まされても、寝起きに油を飲まされるようなもので、誰も付き合ってられないだろう。
それを、本一冊かけてゆっくりと読み手を慣らしていき、終盤、この作品で骨の髄まで絶望させる。そういう手はず、構造になっている。
『殲滅』の前にはこれに勝るとも劣らない傑作が二つ先に置かれており、そのトリをこの作品が飾るかたちだ。この構成(攻勢?)には悪意しか感じないが、作家がここまで殺す気で来てくれるなら、ある意味で嬉しいことでもある。
4位 サイコごっこ(『東京伝説ーうごめく街の怖い話』収録。平山夢明作。)
ああ、これをマネしたら本当に頭おかしくなるかもしれないな。
はじめて読んだときの感想がまさにこれで、同時に、本の紙面から毒がたちのぼってくるような錯覚があった。
たいていの人間は、頭で何か考えるときに言葉を使う。何をしゃべるにも、書くにも、まずは言葉ありきであって、万事が万事そうではないが、人間とはおおよそ、言葉の生き物…というか言葉そのものである。
では、言葉それ自体がどのくらい強固かというと、たぶん、意外なほど脆い。
その気になれば、人間は自分で使っている言葉を簡単に無意味なものにできる。誰もしないだけで、なぜならそれは、自分で自分を壊すのといっしょだからである。
何かを誤魔化したり、対話で圧をかけたり、成長してから言葉を使う場面なんて自分でも嫌気が差すことばかりなので、語り手が敏感な思春期なのもそういう背景がありそうで、だからこそ自ら壊れていく過程を目撃するのがつらかった。
3位 穴(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作。)
(明確には)誰も死なない。誰も狂わない。
不幸は直接描かれないのに、あまりにも恐ろしい。
情景の描写が見事で、と言っても別にわくわくさせられたり、愉快だったりするわけではない。
たぶん、街のどこか片隅にある、それほど流行っているわけでもない飲み屋。
怪談作家と、飲み屋のオヤジと、薄汚れた作業員の、交流とはお世辞にも言えない、埃っぽくてちり紙のように薄くて軽い関係性。
それでも、文章によって世界観が築かれ、同時に、作業員の奇妙な言動によって不穏な緊張感が増していく。
話の最後、すべての「底」が抜ける。
読み手の現実まで及んで抜ける。「穴」が空く。素晴らしい。
一つのジャンルに様々な作家が登場し、作品数が飽和していくと、どうしても、新規の作品には斬新さが求められる。実話怪談という分野もそうした傾向から逃れられない。
より奇抜に、もっと奇想天外に。トリッキーな展開を競うかのような作品が増えていく中、それに先駆けて送り出された『黒い筋』は、あまりにシンプルで、ひたすら美しい。
硬質的な文章。そこには、必要なことが書かれ、必要なことしか書かれていない。
恐怖は、すべて、ある一節が読者の不意をうち、「刺さる」かどうかに賭けられている。狙撃と辻斬りが同居するようなスタイルだと思う。
新しさはない。そもそも、古くない。傑作なので、そういうものなのだ。
1位 出会い系(『東京伝説ー狂える街の怖い話』収録。平山夢明作。)
読んでいて、リアルに顔がゆがんだ。
もうやめてくれよ、と思った。なんでこんなものを読者に読ませることができるのか、よくわからない。
平山夢明のファンは、大なり小なりマゾヒストだと思う。徹底的にぶちのめされ、ダウンしたうえで、より多く痛めつけられるためだけに、できるだけ何度も立ち上がろうとする。
『出会い系』は約8ページの話だ。作中に登場するマンションの一室に、そして8ページいっぱいに、絶望が詰め込まれている。
8ページに収まるだけの言葉を使って、この作品以上に、この世の地獄を表現することは可能なんだろうか。なんていうか、情報学的に。
紛争だとか犯罪の記録ならできるかもしれないが、怪談・奇談という形式にこだわるなら、きわめて難しいだろう。
…なんで、そんなもの読まなければならないかって?
さあ…。なんでだろうな。本当になんでだろう。
これで第一四半期10傑の紹介はおわりです。次回の10傑については、第二四半期(50冊)到達記念でお会いしましょう。以上、よろしくお願いいたします。