惨状と説教

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貴志祐介作『ダークゾーン』の感想と、デスゲームを面白く描くことの難しさについて

はじめに。『ダークゾーン』の感想。

 なかなか良かったのではないでしょうか。

 と言っても、前半が最高に面白くて、途中相当中だるみして、最後盛り返す、というアップダウンがあったので、「平均すると」なかなか良かった、という感想が正確なところです。

 

 物語は軍艦島をモデルにした正体不明の世界を舞台に繰り広げられる、元々は人間だった者たちが特殊能力を持つ怪物となって殺し合いをする将棋とチェスをベースにしたゲームを描くもの。

 

 先に悪かった点を言うと、将棋の七番勝負を土台に同じルールのゲームが七回繰り返されるので、どうしても各勝負の展開がワンパターンになりがちで退屈する、というところ。

 主人公が勝負のセオリーをつかんできた四戦目、五戦目あたりにこれが顕著で、かつ、両軍探り合いの序盤から、敵の奇策で主人公たちが慌てふためく、という流れまで毎回一緒なので(もちろん、どう混乱させられるか、という内容はそのつど違うけど)、「このくだり何回やんだよ」、と思う。

 一方、「駒」が昇格するなど将棋のルールをベースとしつつ、オリジナル要素も取り入れたゲーム自体の面白さもあって、まだ話の正体が見えない前半は素晴らしく面白かった。また、このオリジナル要素が全面的に解放され、いったん理解したこのゲームのルールがまったく別の様相を見せる終盤も良かった。

 この小説、ゲームを通じた戦争の部分と並行して、まだ主人公が人間だった頃の話が挿入され、なぜゲームが始まったのか、この世界の正体はなんなのかがわかる構造になっており、ゲームの方がマンネリ化してもこちらの方の流れが終盤盛り上がって来て、これに引っ張られてぐんぐん読み進めてしまう、というのも、いまいちだった中盤が終わってから盛り返せた大きな要因だと思う。

 元ネタが将棋なのでしかたないかもしれないけど、たぶん勝負が七回は長すぎたのだと思う。この中盤の中だるみが個人的にはものすごく大きく感じられる。一方で、前半と後半は素晴らしいという、そんな作品だった。

 

デスゲームを面白く描くことの難しさについて。ゲームのルールなんかは「それなりにもつ燃料」に過ぎない。

 ところで、そもそもデスゲームとはなんであるか。

 wikipedia先生いわく、「登場人物が死を伴う危険な娯楽に巻き込まれる様相を描くようなフィクション作品、およびそのようなフィクションの劇中で描かれる、参加者の生死をチップにした架空の娯楽である。」とある。

 漫画、小説、映画と世の中にひしめくこのジャンルについて思うことがあるのだけど、それは、「消費者を興奮させつつ作品に付き合わせる上で、それがどういうルールのどんなゲームであるかは、あくまでそれなりに持つ燃料に過ぎない」ということである。

 たとえばすごく奥深いゲームを作り、消費者を飽きさせないために、ゲームを理解することにより見えてくる戦法やいわゆる裏ルールのようなものを持ちこむとする。それでも、失敗すると何が起こるか、どうすれば勝てるか、などのいわゆるゲーム性によって消費者を楽しませられる時間やページ数には限りがある。

 そして、ゲームに敗れれば人間があっけなく死ぬというきわめて刺激的なことにすら、おそろしいかな、消費者はすぐに慣れてしまう。

 そういう興奮と飽きるのの関係って、デスゲームものに限らずほとんどのフィクションにも適用できることじゃん、という指摘はごもっともで、ただ、この燃料が切れたときの減速が特に明らかなのがこのジャンルだと思っている。『ダークゾーン』の例で言えばたぶん五番勝負ぐらいがゲーム性で楽しませられたベストの長さだったんでないかな、と思うし、この「燃料」が切れた中盤は読み進めるのがそれだけ難しかった気がする。

 

ゲームを通して何を描くかが結局は大切なんだろう、ということ

 デスゲームもので俺が一番好きな作品に漫画の『今際の国のアリス』がある。

 この作品は生死を賭けた多くのゲームが出てくるので、上で書いたゲームのルール自体がもたらす「燃料」が切れる前に、読み手は興奮しっぱなしで完走してしまうのだけど、なにより素晴らしいのは、ゲーム自体が仮にもう読み手を楽しませてくれなくなっても、その向こうで展開する物語自体がものすごく読ませるところである。

 『カイジ』にも似て(作者の福本伸行もこの漫画を褒めてる)、『今際の国のアリス』は殺伐とした殺し合いがどこまでも続くのに、人情や信頼というウエットな感情が最後まで大きな存在感を持ち続ける。

 裏切りも落胆ももちろん描かれるし、冷徹な論理の力が決定打になることもあるけど、ロジックの裏で勝利を支えているのは、必ずと言っていいぐらい、誰かを信じる、誰かに託す、というある意味甘っちょろい感情で、でも俺はそこが良いと思う。

 ゲーム自体の面白さが効力を失ったとき、その先に読者を引っ張っていけるのは結局その後に何が起きるかであって、それはつまり、ゲームを通して作者が何を描きたかったかが存在するか、ということでもあって、そんなのまあ当たり前のような結論だけども、一定以上の長さを持つデスゲームが面白く描かれうる正解は、そこにしかたぶんないのだと思う。

 

おわりに。再び『ダークゾーン』について。

 難しいのは、ゲームそのものがちゃんと面白くないと「燃料」をもらっていない消費者は走りだせない、ということで、その点『ダークゾーン』はちゃんとゲームは面白い。

 特に終盤の描写は圧巻で、「駒」という概念を持つ将棋・チェスベースのゲームを題材にしたたくさんの作品がたぶんやりたかったこと、今後やりたがりそうなことを、素晴らしいかたちで表現している。

 ってことで、色々言ったけど面白い。それでいてまあ上のようなことも勝手ながら考えてここに書いておくので、以上、よろしくお願いいたします。

 

まずは上巻からどうぞ。

ダークゾーン(上) (祥伝社文庫)

ダークゾーン(上) (祥伝社文庫)

 

 

俺の中のデスゲームナンバー1。