海は深くて暗い。『サカナとヤクザ』の感想について

はじめに

 いま話題の、海産物がアンダーグラウンド暴力団の資金源となっている実態を追ったルポルタージュ

 とても面白く読んだのだが、一方で物足りない部分もあった。

 俺が興味があったのは、要するに俺たちはこのまま魚を食い続けていていいのか、ということだった。

 例えば出張先で、地元で評判の魚の美味い居酒屋に行って旬の魚を食う。

 例えば家族の夕飯で、みんなで仲良く海鮮を使った鍋を囲む。

 それらサカナの出所がヤクザであり、サカナを食うことが暴力団の資金源になっているなら、果たして今後も引き続き海の幸に舌鼓を打つことは許されるんだろうか?

 俺が知りたかったのはそこだったのだが、結論から言うとそのあたりのことははっきりとしないのだった。

 その理由は、この本で匂わされているサカナに関する闇が、ヤクザという具体的な勢力よりももっと漠然とした、ずっと大きな何かだからだと思う。

 題名にある「ヤクザ」は、漁業界全体の底を流れる暗くて巨大なうねりにおいては、あくまでひとつの要素でしかない。海を舞台にして、ヤクザを含む無数の黒々としたものが複雑にからまりあっている。

 よってこの本で示されているものは、俺たちが平凡にサカナを食い続けることが具体的にどう暴力団を潤し、どれぐらいヤバいことなのか、という情報ではない。もっと漠然とした、つかみどころのないものを暗示する内容という方が近いと思う。

 

アワビ、ナマコ、カニ、鰻、みんな違ってみんな黒い。

 この本は、漁業という大きなカテゴリーからズームインして、アワビやナマコなど個々の海産物に着目して章を割り振っている。

 各章を順番に読んでいくと、あることに気がつく。

 例えば第1章の三陸アワビでは、この海産品の密漁を防ぐのが難しい理由として、犯罪者側の周到な準備もさることながら、2011年の震災によって防犯体制が機能しなくなってしまい、そこを狙われていることが挙げられていた。

 また、第3章の北海道ナマコ。密漁と聞くと誰かが漁業をする海域を侵犯する犯罪というイメージがあるが、必ずしもそういうケースばかりではない。

 なぜか。それは、ナマコの一部は北海道にある発電所付近の一部で「密漁」されているのだが、周辺の漁師は電力会社によってこの沿海における漁業権を法律的に放棄させられているため、厳密に言うとこのエリアにおける漁は他の誰がナマコを獲る権利をも侵害していないからである。

 また、第5章の北海のカニをめぐる北方領土問題、第6章の鰻に関する漁獲制限・輸出制限偽装など、読むとわかるのは、各海産物ごとに、抱えている問題がまったく違うということだ。

 ひとつの海産品に関する問題が、他の魚介にも通用する部分として、いわば横串として刺さっていかない。だから読み手は、各分野ごとにまったく違う病巣を抱えているものを、漁業界としてひとつにくくって理解しようとすることになる。

 上で挙げた、ものすごくとらえどころのない大きなものを相手にしているという印象は、ここから来るのだと思う。

 

 なんだか批判めいたことばかり書いてしまっている。ただ、こういう色々な分野、様々な問題の集積のような本で良かったとも思うのだ。

 各海産品における問題はどれも大きい。詰めていけばそれぞれが一冊の本になりそうだ。でも、

 「三陸アワビにおけるヤクザの漁法」とか、

 「北方領土問題に翻弄されたカニ漁の繁栄とこれからの課題」とか、

 なんというか、それが一冊の本として店頭に並んでいたとして、それ読みたい!って気持ちになるかどうかは別だよな、と思う(キャッチを作る俺のセンスのなさのせいって気もするけど)。

 『サカナとヤクザ』。この題名、あまりにでかくて複雑なものを思いっきり無理してひとくくりにしたものだと、読んでみれば感じるだろう。

 でも一方で、商品としては抜群の訴求力だと思う。ということは、表社会に問題提起をする上でも、結局それが一般効果的な方法だったということなのだろう。

 

おわりに

 あらためて、筆者の行動力と胆力は賞賛に値する。

 密漁された「汚い」アワビは養殖物の綺麗なアワビと混交され、区別がつかなくされて市場に流れるという。筆者はそのルートを探るするために自分で市場でバイトまでする。

 また、密漁者にもガッツリ取材する。すごい。

 そして、海上保安庁など取り締まる側の努力にも敬意を表する。

 密漁でアワビやナマコががんがん獲られていると知って、じゃあ警備はどうなってるの?と思うけど、張り込み、流通ネットワークへの潜入など、ちゃんとなさっているのだ。

 実際のところ、取り締まり側に内通者がいて情報がもれることもあるそうだが、それは、問題の一筋縄のいかなさの一部に過ぎない。やはり、文中で保安庁の人が取材に答えた言葉から伝わる、海産物が暴力団の手に渡る悔しさ、それを防ごうという執念をこの本で知れたのはよかった。

 

 上でも書いたとおり、漁業界は全体としてわけがわからない。国内外で誰かがひっそりと美味い汁を吸っている部分、そのままで放置されすぎてなあなあになっている部分が多すぎるようで、水産業全体をいっぺんに改善するのはまずできないと感じさせられる。

 ただ一方で、そういう結論で終わらせていいのかな? という気はする。

 全体を変えるのが無理なら、まず個々の問題からあたっていくしかない。

 やっぱり、漁業からダークな部分は減らされるべきだと思うのだ。だから、「水産ってのはわけがわかんねえな」と全体からつかんだ印象の中で完結するのではなく、まず一つ一つの問題を整理し、見つめていく必要があるように思う。

 

 本書を読むと次のような文言にときどきぶつかる。

 「漁業におけるダークな要素は必要悪」

 「消費者も共犯」

 俺たちはワルモノから彼らと同罪だと思われていて、実際そうなのかもしれない。

 それはやっぱまずいだろう。カニやウニを今後も食っていく上で(食っていいんですよね? どうだろう?)、食卓にのぼったものを見る意識を変える努力をしていこうと思うので、以上、よろしくお願いいたします。

 

*以下、本書から学んだ各海産物の問題点をまとめてみました。参考まで。

 

 ・アワビ…市場流通量の約半数が密漁モノという異常な状況。

 正規品に比べ密漁品だと仲介業者も買いたたける上、市場もそれを承知で受け入れて小売店、消費者に流しているので、流通経路全体が腐敗していると言える。

 ・ナマコ…日本国内よりも中国での消費の方が多いことから専門に獲る漁があまりいないため、密漁が横行しやすい。

 アワビ同様、正規品に対する表の値段よりも安い地下経路が形成されている。日本のナマコは絶滅危惧種(!)

 ・カニ北方領土問題により日本船は拿捕される危険があるところ、かつてはリスクを冒して密漁が行われていた。

 現行、ロシアから正規に輸入するルートが整備され管理が厳格になったが、中国に流れる裏道がつくられた。その過程で生まれたカネやカニそのものが、正規ルートを迂回したかたちで日本に流れ込んでいる。日本の資本もこれを承知で流通に絡んでいる。

 ・鰻…一番闇が深く、グローバル。卵からの完全養殖が実用化されていない点を含め、種として不明なことが多く、食っていいのか悪いのかもよくわからない。

 絶滅危惧種でありながら現在のように外食チェーンやスーパーでも消費される現状はさすがにヤバそうだが、減ってない説もある模様。

 国内・国外の流通にそれぞれ暗い部分を抱えている。

 例えば国内では、各県で漁獲に関する基準が共有されておらず、国内の流動も正確に管理されていないため、ひとつの県で許容量を超えて穫られたシラスを、他県産と偽って「輸入」する手口が横行している。

 一方国外。例えば一大養殖地である台湾ではルール上完全輸出禁止になっているはずが、香港に流れ、養殖などやっていないはずの香港産として日本に出荷されるという、「ウナギロンダリング」ルートが形成されている。なんとなく愉快な響きだが、深入りしたら東京湾に浮かぶことになる、と筆者は取材対象から注意されていた…。