ネタバレを含むので、未読のファンの方は注意
面白いのはいまさら言う必要もない…はずの漫画なんですが、18巻(の後半)がマジですごかったので、つい感想を書きたくなりました。
演出というのか、伏線というのか…。
伏線という表現を使うのにちょっとためらうのは、ある一コマが俺を激烈に感動させた理由が、なんというか、狙ってやっているのかどうか不安なところがあるから。
でもたぶん意図して仕込んだもの、ネタとして前から寝かせながら、虎視眈々とタイミングを計っていたものだと思うんだ、やっぱり。
皇帝暗殺事件を起こして逃亡中の、ウイルク、キロランケ、ソフィアを描くエピソード。
三人がそこで出会ったのは、ロシアに渡って現地で妻を持った、長谷川という写真師だった。三人は長谷川一家のもとに身を寄せる。もちろん身元は隠して。
ある日彼らは警察の襲撃を受けるが、狙われていたのは実は長谷川の方であることが後に判明する。身分を偽っていたのは長谷川も同じで、彼は実は日本軍のスパイなのだった。
で、すさまじいのはこのエピソードの最終盤。
長谷川は、ウイルクたちが警察と繰り広げた銃撃戦の中の不幸な偶然で、いままさに妻を喪おうとしていた。
いまわの際の妻に、長谷川はある告白をする。
「私の名前は長谷川幸一ではないんだ…」
この一コマを読んだとき、俺はものすごい鳥肌が立ちました。
たぶん、演出上の「本命」は次のページの大ゴマなんです。でも俺はその前のこのコマにこそ『ゴールデンカムイ』のすごさが詰め込まれていると思う。
セリフを目にしたとき、脳内をブワァッと色んな想像、そして気づきが駆け巡ったんです。
名前の告白というこの場面で思い浮かべたのは、きわめて重要な人物であったにもかかわらず、いまだに名前に不確かな部分が残っていた「彼」のこと。
そして、その「彼」がもし、アシリパの父親やキロランケとすでに接点を持っていることになったらどうなるのか、という戦慄。
考えてみれば、長谷川がキロランケと共闘するときに登場した武器も象徴的で。
とにかく名前。名前なんですよ。
前から明確な疑問を抱いて怪しんでいた人もいるんだろうけど、俺の中では「まあそういう扱いのキャラクターなんだろうな」という認識…というか、意識さえしていない。
逆に言えば、無意識には違和感を抱いていたのかもしれなくて、そんなちょっとした引っかかりまで利用されてしまって、はたしていつからこれを狙っていたのか、満を持してここで開放したのか、と思うと、もう感嘆の声しか出ない。
「長谷川は実は日本軍のスパイだった」という真実が、さらに大きな真実を心理的に隠す構造になっているところも憎いですね。一つ謎が明かされると安心してしまうもので、それ以上なにかあるのでは、とはなかなか疑えないので。
すげーな、と思いました。完全に参りました。
今巻でもう一つ感動したのが、アシリパたちを追う杉元一行が目にした謎の木彫り人形(なにかの動物を模したものらしい)のネタばらしが最後のページでされるところ。
なんというか、地道な取材の積み重ねと強靭な発想力の一端がわかった気がして感激しました。
たぶん、取材中に人形の実物を目にする機会があって、「これ○○? とうてい見えないけど」ということがあったんじゃないかと思います。それを練って膨らませて、あの答え合わせにたどり着いたんだと思います。これが、クリエイターの頭の中をのぞけた気がしてよかった。
そういうわけで俺は大変感動しました。奇跡のような漫画だな、とつくづく思います。以上、よろしくお願いいたします。