惨状と説教

誰か山から降りてきてほたえてから山に帰っていく記事。ブログ

世界は美しいが人間は完全ではない。『ノマドランド』の感想について

はじめに

 観終わってから気づいたことに、俺の抱いた印象以外のものも含めて三通りの鑑賞のかたちがあったのかな、というのがあって、まず、それについて書いておく。

 映画の内容は、不況の影響で自宅を手放さざるを得なくなった(極端な事例だと地場産業が崩壊してしまったせいで、その地区が行政から放棄されていたりする)アメリカの人々を題材としたもの。彼らがトレーラーハウスを住居代わりにしながら、期間労働によって居場所と賃金をつなぎつつ、アメリカ国内を移動していく様子が描かれている。

 冒頭で述べた三つの鑑賞形式だが、

 1. 自宅を失ったのはあくまで一つのきっかけであり、主題はアメリカの自然が持つ荒々しい自然の美しさと、そこに暮らす人間の喜びと孤独

 2. 非常時における社会的弱者への救済が機能しないアメリカ行政に対する批判

 3. 2で露呈した制度上の不備に対し、その後社会に復帰する機会が与えられても意図的にそれを拒絶するという、個人的かつ信条的な反抗

 …がそれぞれ成り立つのかな、と思った。

 この2、3の観点に重要さを置くほど、この映画は社会的な意味合いを含んだ作品ということになると思うが、じゃあ俺は、というと実は完全に1のみの視点で鑑賞していた。世界の美しさと人間の孤独。

 2、3も普通にあるべきだよな、と気がついたのは観終わってからで、まあ俺が能天気というか市民意識が欠損しているというか、以下の文章は1ばっかりの視点ばかりで書かれているため、まるで的を射ていないかもしれないし、人によっては「このバカ野郎」ってなもんかもしれない。すんません。

感想

 面白かった。

 不思議な映画だった。

 感想として、融け合うことなくその二つが両立する、そういう印象の映画だった。

 人間同士の交流が主題の一つであり、空間的にはアメリカの大自然を縦横無尽、というきわめて「オープン」な世界観にもかかわらず、それを丸ごと反転させたように個人の孤独を追い続ける内省的な作品になっていて、邦画のダウナーなやつとか好きな人にも訴えてくるものがあると思う。つうか俺なんだけど。

 不思議な映画、という印象は、いくつかのカットに関して、それが挿入された「意味合い」みたいなものが伝わってくる水準に達していない、ささいな日常の描写がはさまってくるからで、この挿話はなんのためにあったんだ? というのがよく起きる。

 俺は北野武の映画が好きで、あの作風に鑑賞のベースが影響されると、「何てことのない日常」が繰り返し描かれるのは、やがて致命的な破壊を受ける前フリなんじゃないかと思ってしまうんだけど、『ノマドランド』では別にそういうことはない。

 しかし、「別にそういうことはないんだな。これからデカい災厄が降りかかったりはしないんだな」と観ていて理解するまでに割と時間がかかった。とにかく、「なぜ描いた?」という描写がかなり多かった。

 悪口ではない。そういう雰囲気の映画なのだ。なお、上述したように『ノマドランド』を社会的な問題提起をメインにした作品として観ると、それぞれの場面の印象が変わる可能性は高い(キャンプ場でのトイレ掃除のシーンとか)。

 『ノマドランド』に映されるアメリカの大地は本当に美しい。そして、そこを放浪する個人を描いた作品として俺は観た。

 砂漠、雪原に水辺。どこも荒々しく、そして、地球というのはこうした場所がちゃんと実在する、足で踏みしめることができる、美しい場所なんだな、ということがわかる。

 こうした自然は、車で走っていると太陽の昇り沈みがよく映える。そして、ドえれえ僻地でも、とにかく車道が通っている。車道はこの映画における一つのメタファーである気がする。

 この世界は美しい。

 それは衝撃的なほど、その美しさに触れた人間の心情をノックアウトするが、しかし、支配しつくしてはくれない。もう永遠に、誰とも接点を持たず、実社会から追放されきっても構わない、そう覚悟を決めさせてくれるところまでは、残念だが達しない。

 自然の力が足りないのではなく、人間という生き物が本質的に中途半端なのだ。他人との触れ合いを求める気持ちがどこかで生きながらえ、自然の荘厳さによって圧倒的に、何度焼き尽くされても、そこに留まることができない。自然は美しいが、人間はその美を知りながら、そこに永住できない。

 完全なものと調和できるのは同じ完全なものだけだ。人間にはできない。人間の心が完全じゃないからだ。

 『ノマドランド』に描かれているのは、完全な自然を愛しながらも一体化しきれない人間の不完全さ、恍惚と不協和のちりちりするような往復だ。車道はその暗喩であって、完全な自然の風景に放り込まれた人工の異物であり、自然へのアクセスを簡便にすると同時に、そこからの逃亡も可能にするという、ヘンテコな存在…そんな風にも見えた。

 いい映画だと思う。

 ところで、アカデミー賞作品賞を受賞していることは鑑賞した後に知った。それはたぶん、作品の社会的側面から評価されたのかな。いよいよもってトンチンカンな見方をしていた気がしてならない。

 以上、よろしくお願いします。