わからないキリがないことについて

 猫という生き物は毛柄によって鼻先が白かったり足の先が白かったりする。

 白靴下ちゃんとかいう。

 かわいい。

 このような毛並みが生まれる理由について、あるとき次のような記事を読んだ。

 

nekochan.jp 

なんでも猫の色というのは、上から付いていくしくみになっていて、その際に足の先だけ柄がつかずに残ってしまうのが、靴下猫ちゃんなのだそうです。上記のように、茶色い手足が印象的に出てしまう子も時にはいますが、基本的には体が白くて、足が黒いという猫ちゃんはいません。

 

 記事を批判するつもりは一切ない。ただ、俺は率直にこう思った。

 「わからん」と。

 

 『なぜ白い靴下をはいたような毛柄の猫が生まれるのか。』

 『その理由は、猫の毛色は体の上の方からついていく仕組みになっているから。』

 これは、回答になっているようで答えになってない。

 『なんで体の上からついていく仕組みになっているのか。』と続くだけだからだ。

 

 世の中にはこういうケースがたくさんあるような気がする。問いに答えているようでいて、理由を先送りにしているだけでは、というものだ。

 人間を二つの種類に分けた場合、どちらかというと俺は「なぜなぜどうして君」の方に生まれた。

 正確に言えば、みんな小さいころは「なぜなぜどうして君」なので、俺はこの期間が長い方に属していた(その割りに、特段勉強ができるわけではないのが救いがたいが)。

 だから、答えているようでイマイチ答えていない事例にぶっつかると、いくらか気持ちが落ち着かなくなる。

 けれども、若いころに比べればかなり軽減されてきたのは、歳をとって自分が答える側に回る役割が多くなり、「うるせえこの野郎、とにかく物事はそう決まってんだ」と言う代わりに頑張って説明しようとするので、質問される側も大変なのだとわかってきたからだ。

 

 最近、『善と悪のパラドックス』という本を読んでいる。他の生物と比較するときわめて温厚である一方、冷徹に計画的な暴力を遂行することができる人間という生き物の二面性について記した本だ。

 その中である文章を読み、「あっ」と思った。

 家畜化症候群と呼ばれる、交配を重ねていく過程で動物に出現することがある、複数の兆候がある。

 ・温厚になる。

 ・雌雄の体格差が小さくなる。

 ・脳や犬歯が小さくなる。

 ・(なぜか)体に白いぶち模様が現れる。

 

といったものだ。

 最後の、「体に白いぶち模様が現れる」に注目したい。

 筆者によると、これは個体がこの世に胚として発生し、細胞分裂していく初期のメカニズムに関係があるという。

 

 胚を形成する初期細胞の一つに、神経堤細胞と呼ばれるものがある。

 他の細胞が胚の決まった部位で発達し、肉体の各部分へと成長していくのに対し、神経堤細胞は胚全体に散らばっていくという特徴を持つ。

 このため、神経堤細胞の影響は成長した後の体全体に及ぶことになる。

 神経堤細胞から分化して発生する新たな細胞の一つに、メラニン細胞(色素細胞)がある。

 つまり、神経堤細胞が全身に散らばっていることは、色素細胞も同じように体全体を覆っていることを意味する。

 言い換えると、

 ・何かの理由で神経堤細胞の広がりが途中で阻害される

 ・神経堤細胞そのものの量が少ない

といったことが起きると、特定の部位(特に体の末端)に色素が生じない=毛が白くなる、といった現象が起きる。

 

 ようやく話がつながってきた。

 筆者によれば、一部の動物においては世代が進むにつれて、神経堤細胞の移動が局所で阻害されたり、量そのものが減少する可能性があるそうだ。

 文中で直接書かれてはいないが、体の末端に向かって広がっていく神経堤細胞が、最後まで届ききらず、色素細胞を生成できないこと、これが猫に白靴下が生まれる理由ではないだろうか。

 

 『なぜ白い靴下をはいたような毛柄の猫が生まれるのか。』

 『猫の毛色は体の上の方からついていく仕組みになっているから。』

 『なぜ毛色が体の上の方からついていく仕組みになっているのか。』

 『進化の過程で、色素のもととなる細胞の大元、神経堤細胞が、体の端に届かない種族が生まれたから』

 

 素晴らしい。

 謎が解けた。

 ところで、なぜ進化すると神経堤細胞の移動が阻害されたり量が減ったりするのか。

 

 わからないことにはキリがない。

 「キリ」まで到達できるのは神だけだが、神はそもそも、なぜなぜどうしてを問わないだろう。なにしろ、自分がそう決めたんだから。

 以上、よろしくお願いいたします。