俺たちは何年クリエイティブに寿司を握れるか、について ②

今週のお題「寿司」

 

sanjou.hatenablog.jp

 こういうものを書いた。

 で、じゃあ未来の労働において最大の価値をおかれるのは創造性である、という世界が到来して、寿司屋になんの関係がある、という話なんですが。

 

 ここでもう一つ加えて意識しておきたいのは、前回紹介した経済学者ダニエル・コーエンが、人間の職業人としての人生を「創造性を発揮して仕事に取り組む前期」と「後進の教育に取り組む後期」に二分して考えていることだ。

 ベテランの仕事には創造性を生かす余地がないんかい、という批判はあるだろうが、コーエンによれば、それはむしろ、「これから未来に訪れる世界観」となる。クリエイティビティが最優先されることで、旧時代では労働者としての前半~中盤に留まっていた「創造的前期」が、職業人の人生全体にまで拡大される、というのがコーエンの見解だ。

 例えば18歳で寿司職人の世界に入ったとして、従来であればここから10年間、下積みの時代に入る。引退は65歳として、職人後半の10年は後進の育成にあたる(もちろん、65歳を超えて一線に立ち続ける人もいるが)。

 この場合、創造的前期と呼べる期間は、28〜55歳の27年間ということになりそうだ。

 しかし、技術習得の効率化に特化することで、極論、技術は一年あれば身についてしまうと仮定する。そうすると、新時代における寿司職人は19~65歳までの46年間を創造的労働者として勝負していくことになる。

 旧時代において、寿司職人が100人いれば、その中で創造的前期に該当するのは約57%だった(27/47)。

 これが新時代では、創造性重視の期間に終わりがなくなるため、寿司職人のほぼ100%近くがルーチンワーク・後進の教育から解放され、クリエイティビティの発揮を期待されることになる。

 このとき何が起きるのだろうか。長くなったが、そういう話なのだった。

 

 楽しみな点、単純に興味がある点、不安を抱く点がある。

 業界を発展させるものは労働者の創造性であると(後発の教育も間違いなく重要だが、ここではおく)仮定する。先ほどの計算では、旧時代の1.8倍近い人数の職人が創造的期間の中でしのぎを削る結果になるため、顧客として受けられるサービスの向上が期待できる。

 堀江氏の「10年も修行しても意味ねえし、上司が若手を便利に使ってるだけだろ」という発言は、素人からすれば、そうかもな、と思う。

 無駄な部分が削られて競争が促進されることは(店舗間でも、同じ店内の先輩・後輩間でも)、消費者側としては良い結果が望める。

 

 純粋な興味としては、「それで実際、どこに落ち着くのかね?」というのがある。

 批判される側面を含みながら、旧来の体制は、「10年間下働き、キャリア後半は若手の育成」というモデルを中心に動いていたと思われる。今後、修行・教育期間に挟まれたキャリア設計が書き換えられることで、新しい業界はどういうところでバランスされるんだろうか。

 すでに書いたとおり、この文章での「寿司」は口にするお寿司であると同時に、あらゆる職業の暗喩でもある。

 秘匿されていたノウハウの解禁、現役期間の延長は様々な現場ですでに起きているわけで(というか、ある意味古来からその傾向はずーっと続いている)、これがさらに加速した結果、寿司の業界も含めてどんな世界がやってくるのか。

 良い方向に働けば顧客も含めてみんながハッピーになれるが、そうならない可能性もあるだろう。しかし、結果としてすべての「寿司」がまずくなっても、「一体どうなる?」というところに科学的な興味がある。

 

 良いことばっかりだったり、興味が尽きなかったり、これからやってくる時代に対して何の問題もないじゃない…という中で一つ不安に思うのは、職人の創造的期間とプレイヤーの拡大を制するのは、果たして本当に「美味しいお寿司を安く正しく提供する者」なのだろうか、ということだ。

 技術が高く、(相対的に)安い、という消費者にとっての利益と、現場や外部関係者に過重な負担を強いることがない、という労働環境が満たされて、はじめて新時代の良い競争者と言える。これが、商品の質ではなく資金力による広告で他者を押し除けたり、誰かを多大に搾取する方向で勝負が加速するなら、これは時代が進んだ意味がない。

 

 なんだかよくある社説のようになってしまったが、あえて言えば、俺は「正直うまくいかねえんじゃねえか?」という気がする。

 消費者が製品に触れる機会、費やせる時間と費用には絶対的な制限があり、寿司はまさにその最たるものだが、やってくる未来でプレイヤーが増加したとき、その乱戦を制するのは「消費者に得のあるかたちで清く正しく研鑽する者」かというと、美味い寿司を握るよりもよっぽど、広報に注力した方が勝率は上がるのでは、と思う。長くなったので続く。