浜辺について

 浜辺を歩いている。
 何時間か前に頂点を過ぎた太陽が天をゆったりとくだっていて、輝く真円となって海上に明かりを走らせている。
 コートなしではいられないほど大気は冷えているが、多くの人が陽光に誘われて砂浜を訪れていた。小さい子供連れ、犬を散歩させている人、遠くから観光で来ているらしき人たちが浜をにぎやかに行きかっている。
 海は穏やかにたゆたっている。波打ち際の砂地の途中で、何かよくわからない大きな生き物が死体になって打ち上がっていた。
 生き物は開いた口を空に向けて、朽木のような背骨を白々と露わにして死んでいた。
 肋骨が整然と並んでいる。命という言葉には、形が定まらず常に変わり動いているものという印象があるが、足元で微動だにしない骨格の規則性に、自分でも意外なほど生き物の本質に触れた気がして、不思議な気持ちになった。
 カラスが数羽、離れたところでこちらをじっと見ている。おそらくこの生き物の肉をさらっていたのだろうと思った。
 歩いているうちに、その辺りは波が頻繁に浜を洗うのか、砂の上に何も、貝殻一つ落ちていないようになった。
 足跡だけがそこに残っていた。ひと続きになって点々と、見通す限りずっと遠くまで目の前を先行している。
 スニーカーで付けたらしき、そのデコボコした跡を追うように歩き続けながら、ずっと気になっているのは、砂に残ったそのかたちに、どこか見覚えがあるということだった。
 そのうちに足が止まった。不意に理解した。
 この足跡は自分の靴と同じものだ。いま自分が履いているのと同じ靴の跡が、目の前をどこまでもずっと続いている。
 なんとなく周囲を見渡してみた。日の光に照らされて輝く砂浜には、いつの間にか誰一人としていなくなっていた。