アンチ・ジャンプスケア派こそ観るべき…なのか? 悪辣な傑作、『女神の継承』の感想について:前半戦

はじめに

 『女神の継承』(公開中)、『NOPE』(8月26日公開)、『LAMB』(9月23日公開)と夏から秋にかけて観たいホラー映画が目白押しになっている。

 俺は『哭村』という映画が好きで、監督を務めたナ・ホンジンが原案を手がけた『女神の継承』の公開をずっと待っていた(本作の監督はバンジョン・ピサンタナクーンという別の方)。

 で、観てきた。その感想を書く。

 ちなみに、原題は”The Medium”。「媒体」の意。

 

 ネタバレを全開にした感想は下記で。鑑賞するかどうか、注意点だけ先に書いておく(これもいくらか内容を話すので、完全に情報なしで観たい人は回避してください)。

 

① 強烈なジャンプスケア(ホラーでよくある、お化けが画面にドーン、効果音ズギャーン)が何回もある。

 今作はタイにおける巫女の活動を記録に残す、というフェイクドキュメンタリー形式で、カメラマンの回した映像か、監視カメラに残った記録ということになっている。その画面に唐突に、デカい音とともに怖いものがガンガン飛び込んでくる。

 嫌いな人は避けた方がいいかもしれない。俺は基本的にジャンプスケアが嫌いなので、その点で『女神の継承』は大きく評価を下げている。

 でも、ですね。

 それでもこの映画を酷評できないのも確かなのだ。

 つまり、それぐらいよくできている。いきなりのビックリとか無関係に、ひたすら不穏な演出が全編バチバチに決まっている。

 安いビックリで驚かされるムカつきを、いい意味での恐怖や作品への称賛が上回ってしまっているのだ。それゆえ、アンチ・ジャンプスケア派こそ観て欲しい、と思わなくもない。

 

② ショッキングな性描写がある。そのどぎつさ、おそらく観客のメンタルを削りに来ているという意図を感じる点で、あまり例がないようなパターンだった。

 俺は一人で観ていたので連れ合いを気にする必要はなかったが、同行者ありなら関係性によってはかなり厳しいかもしれない。一応、作品自体R-18がかかっている。

 

③ 犬が死ぬ。これも、かなり衝撃的なかたちで訪れる。

 ただ、人でなしっぽい感想でアレだが、俺は割りとその場面が好きだった。俳優の演技のなせる技だと思う。

 

 以上。気になった方は下のトレイラーを観て、いい感じじゃん、と思ったらお勧めします。本当にすごい完成度だと思う。欠点は本当に、ビックリがきついだけ。

 

www.youtube.com

 ちなみに、俺は予告の最後のシーンを観ても何が起きてるかよくわからず、映画館で本編を観てようやく気づいた。まあ、気づかない方がいいこともあります。

 

 

ネタバレ解禁① 俳優の演技

 ここからネタバレ解禁です。わからなかったところ、憶測も含めて全部書く。

 ちなみに一番の主旨を言うと、俺は「犯人はニム」だと思ってます(詳しくは後半戦で)。

 

 まず、演技。全員、最高に素晴らしかった。

 悪霊に憑かれたミンを演じたナリルヤ・グルモンコルペチ、女神バヤンの巫女としてミンを救おうとするニム役のサワニー・ウトーンマはもちろん、ニムの兄姉も、みんなみんなよかった。

 物語の序盤、まずミンが土俗の女神バヤンから選ばれて変調していき、それから全員が、その影響によって破滅していく。日常から焦燥、決意にいたり、最後に破壊される振れ幅を、みんなが完全に表現しきった。

 ニムのお姉さん、ノイがよかったな。ノイは昔、バヤンの巫女になることを拒否した過去があるのだが、娘であるミンを救うために、バヤンと最後に同化することを選ぶ。

 最終盤に映ったノイの、瞳孔が開き切って完全にぶっ飛んでしまった狂気の表情には、かつて自分が務めを果たさずに妹のニムにそれを押し付けてしまった後ろめたさが清算された解放感が混じっていて、素晴らしかった。

 

 ニムもいい。前述のとおり、女神や悪霊側ではなく人間側に主犯がいるとしたらニムだと思っている。

 しかし、それは緻密な計画ではなく苦悩と孤独の戦いだったはずだ。まあ、俺のニム犯人説が普通に間違いだとしても、彼女がタフで優しくて孤高の役回りだったことは間違いなく、そういう説得力のある演技だった。

 

 そして、ミン。

 これが単純に良いこととも言えないが、日本の22歳の俳優でこれができる人物は、個人の資質としても、それを許可する周囲の環境としても存在しないと思う。美しさ、それから正気、最後に人間性を次々に奪われて破壊されつくす様子を完全に表現した。

 途中から出てくる祈祷師・サンティいわく、ノイが途中で受けさせた邪術やノイの亡くなった夫の家系に恨みを持つ無数の悪霊、さらに動物・植物霊によって、ミンの精神は多重に支配されている(ただし、サンティの言葉は完全には信用できない)。

 このため、ミン役はいくつもの壊れ方を演じなければならない。自分が失われていく中でふと正気に戻ったときの絶望、悪霊に憑かれたときの下品なしゃべり方、言葉さえ通じない四足獣。

 ナリルヤ・グルモンコルペチはすべてを演じた。物語の佳境で描かれる六日間の監視カメラ映像は、「こんなものを六日間も観るの…?」という絶望体験であると同時に、俳優のバリエーションをこれ以上なく堪能する時間でもあった。

 これ、本当に見たくなかったよ。あの動き方すごすぎるんだけど、映像加工してるのかな…。

 あと、上で書いた犬を鍋に入れてしまうシーンの演技ですね。なんか、楽しんでやってるっていう悪意と、完全な無感情とがまぜこぜになってて、すごいなあ、と思った。

 

 普段はこんな美人。

 

www.youtube.com

ネタバレ解禁② 人数が増えても「ホラー」に収めるすごさ

 例えば、「◯◯したら××日後に死ぬ」という呪いが作品に出てくるとして、極論、それを世界規模で解放したら、それはもうホラーとして成立しないよな、と思っている。

 人数と恐怖に関する法則みたいなものがあると思っていて、場合によって一人より二人、二人より三人の方が怖いということはあっても、基本的に登場人物が増えるほど、怖さは表現しにくくなっていくと思う。

 これはホラーとしては成り立たないというだけで、SFやパニックものとしては可能だろうし、実際に小説の『リング』シリーズはこれをやっている(次の映画である『貞子DX』も?)。でも怖くはないよな、そういうシンプルな理由で、ホラーにするのは厳しいよな、と思う。

 しかし、『女神の継承』の終盤はかなりの大人数を描いて「ホラー」の中に収めている。人数は20人ぐらい? 世界全体とはさすがに比較にならないが、けっこうな数だ。

 祈祷師・サンティがミンを救うために計画したのは、ミンを苦しめている悪霊たちを母親であるノイにまとめて移し、ノイを「媒体」として壺の中に吐き出させる方法だった。この儀式を取り仕切るために、サンティの弟子や、あまり姿を見せなかったカメラクルーたちも協力する。

 大勢の人たちがスクリーンに出てきて、これで絶望感は演出できるのかな~と思ってたけど、杞憂だったな。すごかった。中だるみなく全員を壊しきった。

 何十人も出てきても、場所としては離れててお互い助けられない、ってのがポイントかも。なんにせよ、サンティの弟子が何人も儀式の準備で動き回ってる場面は、「こんな雰囲気だけど、ここからちゃんと『ホラー』してみせるぜ」っていう決意表明と受け取って観ていた(後半戦に続く)。