2020年9月のブックマーク ②について

k-tai.watch.impress.co.jp

 iPhoneユーザーというのもあり、ファーウェイのスマホってandroidから将来的にハブられるんだろ? ぐらいの薄い認識であるところ(それが正しいかどうかも不明)、それならそれで自前で作ったるわ、という風に勝手に解釈した。

 言葉の使い方が無意識化に人格を形成するように、一日の多くの時間をともに過ごすスマートフォンのUI、これも意外と現代人のなんたるかをかたちづくっているかもな、これまでにない次元の戦争だな、とかワクワクした。政治的に誰の味方とかは特にない。

 

  前、著名人とファンについてこういう記事を書いたことがあって、彼らの関係ってのはなかなか因業だな、と思った。

 声援あってこそ有名人も活動できるわけだし、一般人の方もその活躍によって元気をもらえるわけだから、構造としてはみんな得をしているのだが、ファンの存在が退路を断つ、冷静な判断を失わせることもあるよな、と思う。

 氏のこのツイート自体については、「阻止している人たち」「犯罪者達」って勝手に複数でくくるのは、反対陣営に丸々ネガティブなレッテルを貼ってておかしい。

 そこにぶら下がってるツイート群がとても印象的で、何言ってもこんな反応が来たらたぶん人間おかしくなるよな、という気がする。

 犯罪の可能性自体を否定するわけではないので、その後の検証をしっかりやって欲しいと思っている。

 

・ある有名人のtwitterの非公開リストの件

 はこの「ある有名人」の普段の言動があまり好きじゃないのだが、この方のtwitterアカウントの非公開リストがシステムのエラーで流出した件、はてなブックマークの反応があまりに下品だったので、下品、と正直に書いた。

 大前提として、どういう意図でそのリストを組んだのか、当人はそのことを説明していない(よね?)。そして、それを他人に説明する義理なんてものも、微塵もない。

 言明もしていなければ説明する義理もないものを批判することは、論理的にできない。なぜなら、そこには必然的に、「これはこういう理由だろう」という、批判する側の憶測が入るからだ。

 批判する側は、もし違うなら言い返してみろ、という姿勢なのかもしれないが、本当に下品だと思うのは、この件が信仰に関することだからだ。

 実際のところ、この有名人はある信仰を別の機会に表明しているようだが、はてなブックマーク内ではそれをふまえたコメントはほぼ見られなかったので、一般論として話をする。

 俺は無神論者だが、信仰というのが人に強制されて言語化する必要のないものであることぐらいはわかる。

 それは神への全幅の信頼かもしれないし、場合によっては疑いを含むかもしれない。論理的に体系化されたものかもしれないし、漠然とした生活の基盤、空気感かもしれない。

 信じることそれ自体が苦しみを生むこともあるだろうし、そもそも言葉にした瞬間に嘘になる恐怖感もあるかもしれない。

 つまり、信仰が言語化されるとしたら、それは100パーセント完全に自発的なことでしかあり得ないのだ。

 俺はそれが文明や知性、優しさ、多様性の尊重、あらゆるものだと思ってる。

 ブックマークのトップコメの連中は、それにもかかわらず、「俺たちの言ってることが違うなら反論してみろ。お前の宗教観を聞かせてみろ」と薄笑いで喉元を絞めるようなマネをしてみせたのだ。流出したプライベートをきっかけにして。

 最低の下衆だと思う。

 

globe.asahi.com

 ーストは憲法で否定された、でもまだ強い影響力を持っている、という認識で止まっていたところに、興味深い記事。

 そりゃやめるよな、アホくせえもの、と感じると同時に、こういう離脱者が頻出しないのには、まだ何か理由があるのかな、と思う。

 

www.jiji.com

 ースーの味方をするわけではないが、総理にもなってねえのに言えるわけねえじゃん、っていう単なる理屈の話だと思う。これを、「否定しなかった! 実際に検討しているのだ!」って読ませようとする、読む側もそう受け取る、ってのは、自分の中の悪意で足を取られてる気がする。

 

www3.nhk.or.jp

 めでとう。本当のヒーローだ、貴女は。

 

www.asahi.com

 ースーは、総裁選の立候補意欲について全くないと言っていた人だ。だから、「あなたの言うことってそもそも信用していいの?」、この人に何か質問するなら、まずそこを詰め、すべてそこから始まるべきだと思っている。

 「まあ、後からひっくり返すかもしれないけどね」、聞く側も答える側もそう思っている質疑には何の意味もないし、何か答えたところで言質を取ったことにもならない。

 そんなやり取りを見て、読む側だってどう受け取ったらいいのかわからないし、すべてが無意味だと思っている。

 

 今回政治関係多いな。以上、よろしくお願いいたします。

実話怪談100冊書評第一四半期「…?」10傑について

はじめに

 「…?」

 実話怪談を読んでいると、ときおり、こういう以外に表現できない気持ちになる話にぶつかる。

 どこの感情のボタンが押されたんだか、自分でもよくわからない。色んな気持ちが同時に湧き起こっているのか、まったく未知の感覚なのか…。

 

 「…?」

 こういうヘンテコな話は、連作になった実話怪談の中でとても大切な役割を果たす。

 「怖い」話で溜まってきた疲れやマンネリを、「奇妙さ」は清めてリセットしてくれる。

 こういう話がいくつか収められている本はそれだけで豊かだ。怪奇の世界がぐっと広がる。

 恐怖の対象としてカテゴライズされているオバケや妖怪も、きっと大昔は、名状不可能なわけのわからない存在だった。「…?」は怪異の始原の姿、未来のオバケなのだろう。

 

 というのは前口上。

 結局のところ、奇妙さはただ変であるだけで素晴らしい。「…?」の役割、正体、そんなことを悩むのはまったくの野暮、蛇足ってやつだ。

 

 前回、恐怖10傑を決定するにあたって過去の作品群を回想して感じたのは、わけのわからない奇妙な話についても、触れないわけにはいかない、という使命感だった。

 恐怖や不快感が、その強弱によってある程度数値化ができる一方、奇妙さに関しては自分の抱く感想からして不確かなので、決めるのは大変だった。でも、とても楽しかった。

 紹介します。これが、100冊書評第一四半期の全25冊から選ばれた、「…?」10傑だ。

 

「…?」10傑

 内容についてクドクド事前に聞いてしまうと、いざ実物に触れたときに感動できない、という人もいるだろうから、先に順位だけ発表します。

 興味を持たれた方は、ぜひそこで止めて、本の方を手に取ってください。怪談としても、その方がきっと幸せだと思います。

 

・10位 向こう側(『「超」怖い話Ζ』収録。平山夢明作)

・9位   庭に咲いた地底人のはなし(『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)

・8位   お盆を運ぶ(『琉球奇譚 マブイグミの呪文』収録。小原猛作)

・7位   真実の世界(『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)

・6位   いみださん(『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)

・5位   きはだ(『宵口怪談 無明』収録。鳴崎朝寝作)

・4位   良い方の娘(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作)

・3位   右側だけ(『異界怪談 暗狩』収録。黒史郎作)

・2位   指の日(『「超」怖い話Ε』収録。平山夢明作)

・1位   なんらかの影響(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作)

 

各作品評

10位 向こう側(『「超」怖い話Ζ』収録。平山夢明作)

 どこにも繋がらないはずのものが何の因果かチャンネルを開いてしまい、突拍子もないところからあふれてくる。

 混乱するシチュエーションだが、そこに理屈は…なんとなく、見えなくもない。

 作品にネガティブな感情の実在を感じるのがその理由で、古来、負の念を使って自然の摂理を曲げることを、オーソドックスに呼びならわす名前がある。「呪術」だ。

 ただ、うっかり呪術を使ってしまった側も、それを目撃した側も、何がなんだかわかっていないので、会話がヘンテコになってしまうのだった。不穏さとコメディが混じり合う作品。

 

9位   庭に咲いた地底人のはなし(『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)

 まったく何の話だかわからない。怪談なのかさえ不明である。

 それでも、「意味のわからん話すんな!」といって放り出すことができないのは、怪異(? なのか? それさえよくわからない)一つ一つに、細い髪の毛ひと筋ぐらいの関連性が見えてしまうからだろう。

 この話に限らず、よく書けた「…?」は、つながりがあるんだかなんだか、そのとても絶妙なところをついてくる。そのため、単に意味不明、で投げ捨てることができない。

 ただ、朱雀門出の場合、記事に書いた通り本人がどういうつもりでこんな話を書いてるのかからして不明なため、それが気味の悪さに拍車をかけている。

 

8位   お盆を運ぶ(『琉球奇譚 マブイグミの呪文』収録。小原猛作)

 沖縄ならこういうこともあるだろうな(偏見か?)、と腑に落ちてしまう話。

 とにかく、読んでいて脳裏に浮かんだ光景のトリコになってしまった。

 夕暮れどきの空高く、官女らしき何者かが静々と渡っていく。緊張感がありながら、どこか鷹揚である気もする。奇っ怪さと美しさも混じり合っている。 

 邪悪なものではないのだろうが、といって、交流が可能とも思われない、この距離感もまた素晴らしい。

 

7位   真実の世界(『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)

 読む悪夢としか言いようがない。

 例によって朱雀門出からは「こちらを脅かしてやろう」という意気込みを感じないので、ただただわけがわからず、なおさら気味が悪い。

 悪質なことに数がたくさん集まっており(『真実の世界』は複数の話につけられた総合の題名である)、うっかり2~3話読み始めると、「あれ? あれ?」と思う間に得体の知れないものがぞろぞろ読者の精神に侵入してくる。

 たぶん、語った側としてもえぐり出して捨てたいような記憶なのだろう。それが活字になってしまったせいで、そんなものがどんどん世に増えることになる。

 

6位   いみださん(『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)

 きわめて不穏で、まず間違いなく災厄を招く原因なのだが、その正体を読み解くことができないので見ているしかない、という話。

 攻略法のわからん妖怪ほど手に負えないものはないな、と思う。

 話に出てくるジイさんも、なんだかわからんのなら、そもそもハンパなこと言うなよ、という感じだが、これも実は人の口を借りてしゃべらされているのだろうか。

 そう考えるとますます気味が悪く、手に負えない感じが強まる…と同時に、怪談とは、人の口を借りてこの世に降りてくる怪異であるという、割と本質的なところが見えたりもする。

 

5位   きはだ(『宵口怪談 無明』収録。鳴崎朝寝作)

 本来関係のないもの同士が、何かの間違いでつながってしまった話。

 個人的な体験のような、薄皮をめくった世界の真相が見えてもいるような。肌に浮かんでいたという痣は何かの手がかりを思わせるが、とにかく、なんだろうな、実話怪談の良さってこういうところだ。

 恐怖という感情を呼び起こすはずの災厄が、あっけらかん、淡々と処理されてしまっているところも素晴らしい。

 語り手にとって重要なことは、全然そんなところになかったのだろう。その心情を読者に想像させる、そこもまた良いと思う。

  

4位   良い方の娘(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作)

 わけがわからないと同時に、真相も絶対知りたくないというか、何も考えたくなくなる。ある意味できわめて恐ろしい結末。

 ひょんなことから大きな闇を抱え込んでしまったわけだが、なんとなく、それが価値観の相違とか、妻への遠慮とか、とても世俗的なところで処理されかかっている感じがリアルだ。

 1位につけた『なんらかの影響』と同じく、小田イ輔のセリフの起こし方が本当に巧み。平穏な会話のさ中、「…?」と緊張と不穏さがいきなり振り切れる瞬間がよくわかる。

 

3位   右側だけ(『異界怪談 暗狩』収録。黒史郎作)

 怪談。と同時に、(おそらく意図的に)怪談というジャンルそのものに対して「メタを張った」傑作。

 ◯◯が起きたのは、△△だからだろう、という具合に、人間は目撃した怪異に対して、あらゆる理由を思いつくことができる。

 面白い、と同時に不毛なのは、まったく反対の理由からでも怪異の説明ができてしまうことだ。

 例えば、この世から失われたのは右側だった、だからその「右側の霊」がのりうつってきた、とも考えられるし、失われたのは左側だった、それで無事に残った「右側の霊」がのりうってきた、と考えることもできる。

 『右側だけ』で茶化されているのは我々のそういういい加減さであって、そこにひそむ虚しさみたいなものが、怪談としての落としどころになっている気がする。

 

2位   指の日(『「超」怖い話Ε』収録。平山夢明作)

 4ページだけの作品なのに、なぜこうもたっぷりとした感じがするのだろうか。

 語り手と恋人の女性。幼い頃に指を失い、奇妙な能力も得た恋人だが、二人の関係性は、そんな怪異なんて関係ないところで完結している。

 穏やかに過ごしてきた思い出と、ともにいられない将来の予感。

 意識が真逆の方向に同時に向いていることが、短い話にこうも奥行きをもたらすのか。最後に起きる異変は、叶わなかった未来そのものだろう。

 怪談というフォーマットでこういうことができるんだな、と感動を覚える。

 

1位   なんらかの影響(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作)

 題材となっている女性が何を言ってるかもわからないし、それが怪談としてなぜか成立している事実もわからない。

 トータルでわけがわからない。

 わけはわからないが、面白い。何が面白いのかわからないが、それこそ「なんらかの影響」でそう感じているのだろう。

 女性の言動には、何か重大な秘密があるのだろうか。

 「ビル」や「河童」という単語を、彼女は本当にビルや河童の意味で使っているのだろうか。

 彼女は本当は何を言おうとしているのか。疑問は尽きない。

 なんにせよ、話が不穏さになりすぎないよう、友人の言葉がいい感じにきいている。

 こういうセリフを書き起こせるのが小田イ輔のすごさだ。キング・オブ・「…?」の栄誉を授けたい。

 

 以上、よろしくお願いいたします。

実話怪談100冊書評第一四半期恐怖10傑について

はじめに

 不遜な企画を紹介することの言い訳から入りたい。
 
 実話怪談にはおおよそ40前後の作品が収録されることが多い。そして、それぞれの話は、一冊の本のしかるべき場所に配置されて、はじめて恐怖の真価を現す。
 本全体には流れがあり、序盤に語れば単なる荒唐無稽になってしまう作品も、ちゃんと雰囲気を作ってから後半に置くことで、鋭い殺傷力を持つようになるのだ。
 各話の恐怖を味わうには、結局、本全体を読まねばならない。
 
 …ということふまえて。
 これまで実話怪談、計25冊を紹介してきた。目標は100冊を達成することなので、1/4まで来たことになる。
 一冊あたりざっと40話と考えて、約1,000話の怪談・奇談を読んできたが、今回はその中で、読み手である俺をもっとも恐怖させ、絶望させた上位10話を決定してみようと思う。
 それぞれの話は、それだけで価値を持つわけではなく、いわば一冊の本の中の大きな物語の一部に過ぎない。それは上に書いたとおりだし、極端に凶悪な作品を収録していなくても、本としての完成度が高いものも、たくさんある。
  そんな言い訳を重ねつつ、やっぱり知りたいじゃないか。一番怖い「本」ではなく、「話」が何だったのか。
 以下、そんな恐怖の10傑を紹介する。
  

恐怖10傑

 内容について、あまりクドクド事前に聞いてしまうと、いざ実物に触れたときに感動できない、という人もいると思います(俺自身がそう)。

 いきなりですが、先に順位だけ発表しようと思うので、興味を持たれた方は、ぜひそこで止めて、本の方を手に取ってください。怪談としても、その方がきっと幸せだと思います。

 

・10位 奇怪な像が在った場所(『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)

・9位   都会の遭難(『東京伝説ー忌まわしき街の怖い話』収録。平山夢明作)

・8位   虚無の予感(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作)

・7位   事故現場、及び、その周辺(『心霊目撃談 現』収録。三雲央作)

・6位   マングローブの畔で(『「超」怖い話Γ』収録。平山夢明作)

・5位   殲滅(『「超」怖い話Κ』収録。平山夢明作)

・4位   サイコごっこ(『東京伝説ーうごめく街の怖い話』収録。平山夢明作。)

・3位   穴(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作。)

・2位   黒い筋(『「超」怖い話А』収録。平山夢明作。)

・1位   出会い系(『東京伝説ー狂える街の怖い話』収録。平山夢明作。)

 

各作品評

10位 奇怪な像が在った場所『第三脳釘怪談』収録。朱雀門出作)

 「怪談というのは本の中で配置された場所も重要で、荒唐無稽な話も後半に置くことで…」などと言っておきながら、この話は本の先頭、トップバッターである。

 別にいいのだ。だって、朱雀門出はこういう作家ですよ、という名刺代わりとして、とびきり最高品質だからだ。

 生理的な不快感、読む側が抱える闇の部分をみすかしたような怪異。そして、何より意味がわからないのは、このような異常な事象を、淡々と世間話でも語るような作者自身だったりする。

 「…一体、この話は何なんだ。この人はどういうつもりでこんな話をしているんだ」。

 怪談の中で何が起きたかよりも、そもそも自分が何を読まされているのか、めまいが起きるような感覚。不安感。素晴らしいと思う。

 

9位   都会の遭難(『東京伝説ー忌まわしき街の怖い話』収録。平山夢明作)

 大量の虫。狂気。閉塞感。そして、悲哀。

 オバケではなく実在する異常な人間を題材にしたこの作品では、「ああ、俺はいま確かに、平山夢明を堪能している」という実感を、これ以上なく豊かに感じられる。

 生活がどれだけ豊かに、安全になろうと、俺たちがお互い、どれほど密接につながり合おうと、狂った人間がその気になれば、「お前を閉じ込める。誰にも見つからないところで延々と壊し続ける」という欲望から身を守るのは難しいようだ。

 膨大な悪意がのしかかってくる中で、ひとかけらの感傷が見えるのも、この作家らしい。

 

8位   虚無の予感(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作) 

 怪談というのは科学で説明がつかないわけだが、これを、オバケがはっきり登場する心霊系と、世界そのものがバグったような動きを見せる超常系に区別したとする。

 『虚無の予感』は前者の怪談を「終わらせてしまった」作品だ。

 オバケが存在することは恐ろしい。しかし、亡くなった親しい人々が自分を見守っているかもしれないし、自分が死んだ後も、自分の大切な人を見守れるかもしれないじゃないか。

 オバケは、本当に怖いものなのか? あるいは、オバケなんて実はいないことの方が、ずっと恐ろしいのではないか?

 怪談にして、唯一無二のアンチ怪談、それが『虚無の予感』である。

 

7位   事故現場、及び、その周辺(『心霊目撃談 現』収録。三雲央作)

 散文ではなく口語のスタイルで書かれる怪談はときどきあるが、それにプラスして複数の視点を積み重ねる、というのはあまり見かけない。

 事故が多発するとある現場について、何人もの語り手が証言していくのだが、それぞれの発言をまとめても、ここで結局何が起きているのか、まるで見えてこない。

 お互いに関連性があるんだかよくわからない怪異が重なり、束ねられて、得体が知れないのに、巨大な渦巻きを描いて不穏さと緊張感が高まっていくことだけがわかる。

 多くの語り手という変則的な形式を生かし、長めの分量があるだけ現場の異常さが迫ってくる傑作。

 

6位   マングローブの畔で(『「超」怖い話Γ』収録。平山夢明作)

 怪談の構造というのは、普通、ピークが終盤にある。当たり前の話で、作品の前半から中盤と高まった緊張感を、最後にオバケの登場によって消化(昇華)する、というかたちになる。

 『マングローブの畔で』の絶頂は、しかし、作品の中盤にある。

 もちろん(?)、オバケは最後に登場するが、一番怖いポイントは別なのだ。

 研究のためにやってきた南洋、マングローブ林に張ったテントで一泊するという特別なシチュエーション。自分以外の訪問者の存在。

 もはや確定事項として、地獄しかこの先に待ち受けない。

 いまここにある絶望に、未来の恐慌が心理的に前借りされることで、これ以上ないストレスとなる。それを描き出せる平山夢明の筆力が素晴らしい。

 

5位   殲滅(『「超」怖い話Κ』収録。平山夢明作)

 本の中で配置するとしたら、後半しかあり得ない話。『殲滅』がまさにそれである。

 呪いであると同時に神威。吹き荒れる災厄。遠慮という概念のない、オバケに次ぐオバケ。

 前半でいきなりこれを読まされても、寝起きに油を飲まされるようなもので、誰も付き合ってられないだろう。

 それを、本一冊かけてゆっくりと読み手を慣らしていき、終盤、この作品で骨の髄まで絶望させる。そういう手はず、構造になっている。

 『殲滅』の前にはこれに勝るとも劣らない傑作が二つ先に置かれており、そのトリをこの作品が飾るかたちだ。この構成(攻勢?)には悪意しか感じないが、作家がここまで殺す気で来てくれるなら、ある意味で嬉しいことでもある。

 

4位   サイコごっこ(『東京伝説ーうごめく街の怖い話』収録。平山夢明作。)

 ああ、これをマネしたら本当に頭おかしくなるかもしれないな。

 はじめて読んだときの感想がまさにこれで、同時に、本の紙面から毒がたちのぼってくるような錯覚があった。

 たいていの人間は、頭で何か考えるときに言葉を使う。何をしゃべるにも、書くにも、まずは言葉ありきであって、万事が万事そうではないが、人間とはおおよそ、言葉の生き物…というか言葉そのものである。

 では、言葉それ自体がどのくらい強固かというと、たぶん、意外なほど脆い。

 その気になれば、人間は自分で使っている言葉を簡単に無意味なものにできる。誰もしないだけで、なぜならそれは、自分で自分を壊すのといっしょだからである。

 何かを誤魔化したり、対話で圧をかけたり、成長してから言葉を使う場面なんて自分でも嫌気が差すことばかりなので、語り手が敏感な思春期なのもそういう背景がありそうで、だからこそ自ら壊れていく過程を目撃するのがつらかった。

 

3位   穴(『小田イ輔 実話怪談自選集 魔穴』収録。小田イ輔作。)

 (明確には)誰も死なない。誰も狂わない。

 不幸は直接描かれないのに、あまりにも恐ろしい。

 情景の描写が見事で、と言っても別にわくわくさせられたり、愉快だったりするわけではない。

 たぶん、街のどこか片隅にある、それほど流行っているわけでもない飲み屋。

 怪談作家と、飲み屋のオヤジと、薄汚れた作業員の、交流とはお世辞にも言えない、埃っぽくてちり紙のように薄くて軽い関係性。

 それでも、文章によって世界観が築かれ、同時に、作業員の奇妙な言動によって不穏な緊張感が増していく。

 話の最後、すべての「底」が抜ける。

 読み手の現実まで及んで抜ける。「穴」が空く。素晴らしい。

 

2位   黒い筋(『「超」怖い話А』収録。平山夢明作。)

 一つのジャンルに様々な作家が登場し、作品数が飽和していくと、どうしても、新規の作品には斬新さが求められる。実話怪談という分野もそうした傾向から逃れられない。

 より奇抜に、もっと奇想天外に。トリッキーな展開を競うかのような作品が増えていく中、それに先駆けて送り出された『黒い筋』は、あまりにシンプルで、ひたすら美しい。

 硬質的な文章。そこには、必要なことが書かれ、必要なことしか書かれていない。

 恐怖は、すべて、ある一節が読者の不意をうち、「刺さる」かどうかに賭けられている。狙撃と辻斬りが同居するようなスタイルだと思う。

 新しさはない。そもそも、古くない。傑作なので、そういうものなのだ。

 

1位   出会い系(『東京伝説ー狂える街の怖い話』収録。平山夢明作。)

 読んでいて、リアルに顔がゆがんだ。

 もうやめてくれよ、と思った。なんでこんなものを読者に読ませることができるのか、よくわからない。

 平山夢明のファンは、大なり小なりマゾヒストだと思う。徹底的にぶちのめされ、ダウンしたうえで、より多く痛めつけられるためだけに、できるだけ何度も立ち上がろうとする。

 『出会い系』は約8ページの話だ。作中に登場するマンションの一室に、そして8ページいっぱいに、絶望が詰め込まれている。

 8ページに収まるだけの言葉を使って、この作品以上に、この世の地獄を表現することは可能なんだろうか。なんていうか、情報学的に。

 紛争だとか犯罪の記録ならできるかもしれないが、怪談・奇談という形式にこだわるなら、きわめて難しいだろう。

 …なんで、そんなもの読まなければならないかって?

 さあ…。なんでだろうな。本当になんでだろう。

 

 これで第一四半期10傑の紹介はおわりです。次回の10傑については、第二四半期(50冊)到達記念でお会いしましょう。以上、よろしくお願いいたします。

『「超」怖い話 子』について

はじめに

 評価は次のように行います。

 まず、総評。S~Dまでの5段階です。

 S…価格、提供される媒体に関係なく手に取るべき。恐怖のマスターピース

 A…購入推奨。もしくはkindle unlimitedにあればぜひ勧める。恐い。

 B…購入してもよい。もしくはkindle unlimitedにあれば勧める。

 C…図書館で借りる、もしくはkindle unlimitedなら読んでもよい。

 D…読むだけ時間のムダ。ゴミ。(少なくとも俺には)。

 

 続けて、本の中で印象に残った作品を評価します。

 ☆…それ一品で本全体の価格を担保できてしまうような作品のレベル。

 ◎…一冊の中に三品以上あると、その本を買ってよかったと思えるレベル。

 〇…一冊に七〜八品あるとその本を買ってよかったと思える作品。

 

 最後に、あらためて本全体を総評します。

 

 こういう書き方をするのは、初見の人に本を勧めつつ、できるだけ先入観を持たない状態で触れてほしいからで、評価が下に進むほど、ネタバレしてしまう部分も増える、というわけです。よければ、こちらもどうぞ。

 実話怪談という「本」について - 惨状と説教

 

総評

 A。

 加藤一/久田樹生/渡部正和/深澤夜作。2020年刊行。

 

 現在、「超」怖い話は、以前平山夢明とタッグを組んでいた加藤一が編著を務める干支シリーズと、松村進吉編著のもと、三人合同で書く十干シリーズの二つが同時に走っている(らしい)。

 今作は、その干支シリーズの方の最新作となる。

 

 この本はkindle unlimitedで読めます。 

各作品評

 掌…◯。日常のささいな違和感として絶妙なところだと思う。「少し心得がある人」が引っ張られる怪談は怖い。
 カーブミラー…◯
 ねずこ…◯。こういうのが一作あると、本全体に幅が出てよい。
 リボン異聞…◯。その場の情景が浮かんだので。
 なるほどね…◎。後述。
 賽の目…◯
 あんたらも…×。事実としてそういうことがあったとしても、こういう手軽な仕事は嫌い。
 境界…◯
 海と道と床と首…◎。後述。
 

あらためて、総評

 率直に言う。読む前はあまり期待していなかった。
 加藤一とはそこまで相性が良くなく、久田樹生も、『「超」怖い話Μ』で読んだ印象はもう一つだった(すまん)。深澤夜は好き。渡部正和の名前はこの本ではじめて知った。
 予想は間違っていた。質の高い本であり、現実感をちゃんと作り上げていて、良い意味で気色の悪い話がそろっている。
 
 『なるほどね』について。話の最後に、登場人物が「なるほどね」、読者の方もなんとなく納得させられるかたちで終わるのだが、よく考えると怪異の何が腑に落ちたんだかよくわからない。
 得体の知れないものをうやむやのうちに飲み込まされたみたいで、気味が悪い。
 最後の自販機のくだりもいい感じで、状況を理解するヒントなんだか違うんだか…。こういう怪談を集められるのはいいセンスしてると思う。
 
 『海と道と床と首』は本当に良い作品。☆つけても良かったくらい。
 短い章が四つつながっている構成であり、全体としてはかなり長い。そして、その長さの分だけ、ちゃんと積み重なってくるものがある。
 
 俺は、こういう、人がたくさん亡くなる怪談を厳しめに読む。惨事を実話として描く場合、それに応じて、作家として話のディテールを詰める責任が重くなると思っているからだ。
 ハードルが上がっているにもかかわらず抵抗感なく読めたのは、恐怖以外のところで、読み手の記憶や感情にうまく訴えていたからだと思う。
 夜更けに父親と車に乗って出かけるとか、近しいはずの肉親の知らない部分を、うっかり目にしてしまうとか…。
 まったく同じ体験があるわけではない。もちろん。
 ただ、深更に見上げた夜空の暗さや肌寒さ、身内同士だからこそ感じる気まずさや不快感、なんかそういう読者のおぼろな記憶を上手にとらえて、重ねてきている感じがするのだ。そして、それを土台にして災厄を語り、広げている。
 齢を重ねてからの怪談の怖さというのは、この『海と道と床と首』がそうであるように、読者の感傷的な部分をベースになって展開することが要素の一つになるかもな、ということを思ったりした。
 
 この本について、一つ要望として、各怪談の作者が誰かわかるようにして欲しかったのがある。
 竹書房から出ている他の本では、筆者が複数いるときは巻末に載っている場合もあり、方針としてそれで一貫してほしいのだ。基本的に、作者で覚え、作者で買う(そして避ける)ジャンルだと思っている。

 

 第25回はこれでおわり。

 密かな目標として第100回の達成を目指していたところ、その1/4まで到達したことになります。おめでとう。記念して、何かの企画でもやろうかな。

 次回は、『怪談実話 顳顬草紙 串刺し』を紹介します。以上、よろしくお願いいたします。

 

2020年9月7~11日のブックマークについて

はじめに

 当該期間に自分がブックマークした記事について、感じたことを再整理していく。

 

news.tbs.co.jp

 落から上昇に大きく転じたことについて、「総理お疲れ様」+「これからの自民党に期待」による変動では、と分析している人がいて、俺もまあ、そうなのかな、と。

 俺が現政権にわりと批判的なせいかもしれないが、そう考えると、政権に対する通知表としてのこれまでの評価とは純粋に比較できないので、あんまり意味のない数字だな、と思った。

 

 

nazology.net

 っぱの色が変わるとか。おお、すげえな、と。

 ただ、その変化を広大な森の中から検出するのはドローンに頼る仮定のようなので、そんなハイテク未来で植物の変化云々ってのは、やや本末転倒? な気もする。

 

 

www.bbc.com

 人・白人間の医療格差の話。加入している保険が異なるのがカバーされる疾病の範囲に影響すること、医療従事者にも黒人に対する偏見があること、など、根が深い。

 肌の色の違いは失職しやすさにも影響があるようで、ジョージ・フロイド氏もコロナ禍で職を失った方だったとのこと。

 

 

www.nhk.or.jp

 ウシュヴィッツにおいて、ユダヤ人でありながら同じユダヤ人たちを死のガス室に送り、同胞の遺体を処理していた者たちがいたという。『ゾンダーコマンド』と呼ばれるそうだ。

 ゾンダーコマンドの存在は、ナチス兵士たちの罪悪感を薄める働きもあったのでは、と分析されている。このシステムによって、兵士たちは己の手を直接汚すことなく、殺人を被害者の同胞の手に委ねることが可能になっていた。

 ナチス軍人の罪悪感をあいまいにする一方、手を下したユダヤ人にとっては罪の意識で自分を苛み、凶行に口をつぐんでしまいかねないという、悪い意味で完成度が高すぎ、なんというか、今日にも通じる手法な気がする。

 

 

www3.nhk.or.jp

 来、言うべきことはない。何も言わなくてもいいわけではなく、言葉にならない。

 対策とかケアとかいうのも、重要ではあるだろうが、本質ではない気もする。

 

 

anond.hatelabo.jp

 れもなんというか。みんな、なんでいなくなるんだろうな。

 

 

 んなに合わない漫画でも、とにかく、売れてる理由の言語化に常に挑戦し続ける生業なのかな、という想像のようなことをブクマに書いた。で、それがいよいよ機能しなくなったのが当該作品だったのかもしらん、と。

 

 

news.yahoo.co.jp

 してもしょうがないが、俺は死刑反対論者で、それはいつか詳しく書くかもしれない。書かないかもしれない。

 という感じなのだが、この判決には驚いた。

 検察も、控訴しなかったということは法廷で勝ち目がないと判断したのだろうけど、そのことも含めて理解が及ばない。心神耗弱の扱いについては市民感覚ってやつとあまりに乖離しすぎていて、司法の専門家はちゃんと説明した方がいいと思う。

 

 

ameblo.jp

 高だよな、と。

 俺も含めて、M-1決勝で初めて見た大半の人たちの「なんだよこいつら」って冷笑を、たぶん本人たちも感じていながら、そこから最初の爆笑をひっさらうまでの数十秒を想像して、毎回勝手に泣きそうになる。

 

 

karapaia.com

 っかりした文章(訳者の力量もあるんだろうけど)。偉人のエピソードまでひょいと引用して見せる。

 もうAIについては、そこで示される作業やパフォーマンスのクオリティではなく、その奥に俺たちと同じ知性を認めるかどうか、っていうか知性って、あるいは自我ってそもそも何? ってフェーズに入っているのかな。

 

 

anond.hatelabo.jp

 は、か/さ/ひ/ろ、が好き。

 批判はすれど、バカにしきっているわけではない。安倍総理について、当意即妙の受け答えを得意とする「弁士」ではないという前提に立てば、弁論に関しては凡人に過ぎない人物が重責を担い、答弁の場に長い年月立ち続ければ、こういう珍妙な言葉が蓄積されていくのは当然だよな、という、感慨みたいなものがある。

 

 以上、よろしくお願いいたします

『東京伝説―忌まわしき街の怖い話』について

はじめに

 評価は次のように行います。

 まず、総評。S~Dまでの5段階です。

 S…価格、提供される媒体に関係なく手に取るべき。恐怖のマスターピース

 A…購入推奨。もしくはkindle unlimitedにあればぜひ勧める。恐い。

 B…購入してもよい。もしくはkindle unlimitedにあれば勧める。

 C…図書館で借りる、もしくはkindle unlimitedなら読んでもよい。

 D…読むだけ時間のムダ。ゴミ。(少なくとも俺には)。

 

 続けて、本の中で印象に残った作品を評価します。

 ☆…それ一品で本全体の価格を担保できてしまうような作品のレベル。

 ◎…一冊の中に三品以上あると、その本を買ってよかったと思えるレベル。

 〇…一冊に七〜八品あるとその本を買ってよかったと思える作品。

 

 最後に、あらためて本全体を総評します。

 

 こういう書き方をするのは、初見の人に本を勧めつつ、できるだけ先入観を持たない状態で触れてほしいからで、評価が下に進むほど、ネタバレしてしまう部分も増える、というわけです。よければ、こちらもどうぞ。

 実話怪談という「本」について - 惨状と説教

 

総評

 A。

 平山夢明作。2004年刊行。

 

 超常的な怪異を扱った心霊系とはまったく切り口が異なる、いわゆる「人間が一番怖い」系の話を集めたシリーズ第四作(※角川春樹事務所発行のものを除く)。

 狂気と悪意が渦を巻く中に、人間の感情の悲哀をかすかに感じるのがこのシリーズの特徴で、今作も男女関係を中心にそれが表れている。

 また、闇の社会科見学というか、特殊なブルーワーカーやその筋の生業の仕事を知ることができるのも ポイントで、今回も色々と、「勉強になる」話が多い。役に立つかは別として。

 

各作品評

 ある転倒…◯
 レンジゴト…◯
 惹句…◯
 無音…◎。後述。
 愛犬家…◯
 二十日鼠…◎。オチはオマケみたいなもので、激昂したときの老人のある描写が壮絶。
 呆気Ⅰ…◯
 公衆電話BOX…◯。後述。
 石膏…◯
 わきめもふらず…◯。フェティシズムって、頑張って理解できるかできないかギリギリの境界にあるのが一番気持ち悪い気がする。
 28日後……◯。正しく奇談・珍談。
 税吏異聞…◯。最後がさすが平山夢明というか、プロに対して別のプロから仕入れた情報でアドバイスができるって、物書きの一種の理想形だよな、と思う。
 都会の遭難…◎。後述。
 

あらためて、総評

 第1作2作と比較すれば、読んでしまって心底後悔するような殺傷力はないものの、やはりものすごく面白い。

 

 『公衆電話BOX』は 、これは確かにどうにも対処できないなあ、と。彼氏のリアクションも、これしか取りようがないだろうし…。

 なんか笑ってしまった。恐怖体験だけど、こういうのを読むと、得したようでなぜかうれしくなる。

 

 『無音』は珍しい話。というのは、東京伝説シリーズからは基本的に、心霊的・オカルト的な要素が排除されているからだ。

 「いかにもオバケのしわざ」と思わせつつ、結局人為的なものだったとしてオチのつく話もあるぐらい、シリーズとして「アンチオカルト」が徹底している中で、この話は貴重。その着地のしかたも得体がまったく知れず、不気味でよい。

 

 『都会の遭難』について。この作品に関しては語ることが二つある。

 一つは、心霊を排した恐怖を表現する上での本質が表れているということで、それはすなわち、この社会で、人は誰でも簡単に、誰からも救出できない窮地に陥ってしまう、ということだと思う。

 お互いのライフスタイルに関する情報は、昨今簡単に共有できるようになり、災難や事故からの救済手段も整備が進んだ。

 そういうご時世なので、「こんな酷い目に遭った。単独で耐え忍ばなければならなかった」という体験は、ともすればリアリティを失いがちだ。それどころか、当人の油断、過失として叱責されることさえある。

 それを、対処のしようがない理不尽な恐怖として説得力を持たせるためには、どうすればよいか。

 そのためには結局、俺たちが、自分の隣の家(部屋)で何が起きているかさえ、本当は知らないということ、物件というのは壁一枚隔てるだけで完全なブラックボックスと化すことを、丁寧に詰めていくしかないのだと思う。『都会の遭難』で示されているのはそういう描写をしっかり重ねていく、作家としての真面目さだと感じる(まあ、それで描かれていくのは体験者が地獄に沈んでいく様子なんだけど…)。

 

 もう一つ触れておきたいのは、本全体を通じて「フラれた男が逆上して彼女を攻撃してくる」というパターンが頻出しており、それによって上がったハードルを、最後にまた超えてきた、という点である。

 この「フラれた恋人」のパターンが多いこと自体は、俺は今作の欠点だと思っていて、正直、また、そういう話? と読んでいて感じることがあった。

 ただ、『都会の遭難』はそのマンネリ、もうよっぽどの話じゃないと驚きも怖がりもしないよ、という上がりきったハードルを力尽くでよじ登って超えてしまう恐怖と不快さのパワーがあって、脱帽した。「部屋は〇〇になっていた」…終盤のこの一文に全てが込められている。

 

 第24回はこれでおわり。次回は、『「超」怖い話 子』を紹介します。以上、よろしくお願いいたします。

『第三脳釘怪談』について

はじめに

 評価は次のように行います。

 まず、総評。S~Dまでの5段階です。

 S…価格、提供される媒体に関係なく手に取るべき。恐怖のマスターピース

 A…購入推奨。もしくはkindle unlimitedにあればぜひ勧める。恐い。

 B…購入してもよい。もしくはkindle unlimitedにあれば勧める。

 C…図書館で借りる、もしくはkindle unlimitedなら読んでもよい。

 D…読むだけ時間のムダ。ゴミ。(少なくとも俺には)。

 

 続けて、本の中で印象に残った作品を評価します。

 ☆…それ一品で本全体の価格を担保できてしまうような作品のレベル。

 ◎…一冊の中に三品以上あると、その本を買ってよかったと思えるレベル。

 〇…一冊に七〜八品あるとその本を買ってよかったと思える作品。

 

 最後に、あらためて本全体を総評します。

 

 こういう書き方をするのは、初見の人に本を勧めつつ、できるだけ先入観を持たない状態で触れてほしいからで、評価が下に進むほど、ネタバレしてしまう部分も増える、というわけです。よければ、こちらもどうぞ。

 実話怪談という「本」について - 惨状と説教

 

総評

 S。

 朱雀門出作。2019年刊行。

 

 第一弾、第二弾と竹書房から発行された脳釘怪談シリーズの三作目。今作は電子書籍という形式であり、個人で刊行された模様。

 俺は、出版社と作家の関係とか売り上げの取り分とかよく知んないが、実力ある人はこういうかたちでの出版どんどんやったらいいよな、と思う。なお、最新作の「第五弾」は竹書房での発刊になるみたいです。

 

 作品としては、オバケなんだかよくわからない怪異を扱った話が多い。まだちゃんとした名前のついてない妖怪というか、怪現象というか…みたいな感じで、当然、そういうものを上手く処理する方法なんてないので、体験者はみんな混乱したり不快になったりする。

 雰囲気としては我妻俊樹に似ていると思う。ただ、おそらく、朱雀門出の方が読み手を気持ち悪くさせるのではないかと思った(良い意味で。これは本当に褒めてる。詳しくは後述する)。

 

各作品評

 どの作品もよいが、特に印象に残った作品を挙げる。

 奇怪な像が在った場所…◎。後述。
 庭に咲いた地底人のはなし…◎
 知らないケモノ…◯
 集会所の石像…◯
 ひも…◯。後述。
 きむらタンでちゅか…◯。後述。
 イが来たはなし…◯
 わざわざ訪ねてきた人が途中でやめたはなし…◯
 死にゆくペコ…〇
 変態するヒトのはなし…〇
 真実の世界…◎
 いみださん…◎
 三人の小人…〇。後述。
 

あらためて、総評

 上で我妻俊樹に似ていると書いたのには理由があって、この本と同じように、『第三脳釘怪談』も人間の暗い感情をフックにして、読者の心に入り込んでいる感じがする。

 ただ、朱雀門出がとっかかりにしている感覚は、俺たちのより無意識のところ、もっとぐちゃぐちゃしたところにある気がする。

 我妻俊樹が、後悔や罪悪感、寂しさといった、比較的理性的な感覚を狙い撃ちしているのに対して、『第三脳釘怪談』の場合、闇とか血の近くにあるもの、情欲とか、なんかそういうものがターゲットにされている感覚がある。

 そういう意味では二人の作家は似て非なるもので、我妻俊樹が「不安」の作家だとしたら、朱雀門出の方が「不快」だと思う(褒めている)。

 

 『奇怪な像が在った場所』について。情欲、といえばこの話がまさにそうだ。

 一連の怪異(悪夢を含む)がお互いに関係してるんだかなんだかわからない感じが不気味だ。ただ、そもそもの発端である例の像がやっぱり一番不穏で、セックスというものをおおざっぱにくくった結果、ああいう奇怪なものとして現れました、見せつけられました、と仮定すると、泥を飲まされたような気分になる。

 

 『ひも』は最後が強烈。「わけのわからないもの」をフリにして「わけのわからない人」が出てくるのは怖い。

 

 『三人の小人』は、これを本の最後に配置する構成にやられた。

 怪談で大きな惨劇が扱われると、恐怖よりも嘘くささを感じてしまうことがある。ただ今回は、本全体を通じて淡々とわけのわからない話を読ませられていたため、それが信頼感につながったというか、「まあそういうこともあるのかな…」と悲劇のショックを割とモロに食らうことになり、感動した。

 

 『きむらタンでちゅか』。読んでいて、「おい、おかしいぞ」と。変なことが起きてるぞ、と。

 この違和感はちゃんと最後に回収されるのだが、考えてみると、この気持ち悪さは個別の作品という枠を超えて、朱雀門出の魅力そのものだと思う。

 基本的にこの人、おかしいのだ。

 異常な出来事や怪異を扱っているのに作者の側があまりに淡々としているというか、それが一番気持ち悪い(褒めてる)。

 また、「かくかくしかじか、こういう不思議なことがありました。〇〇さんは驚きました」みたいなところまで書いて、バツン、と話が終わってしまったりする。

 え、そこで終わり…? となる。これが本当に気持ち悪くて、話の中で起きたことより、話の存在自体が不気味だったりする。

 俺は以前の記事で、「実話怪談を名乗るなら、話として詰めるべきディテールがもっとあるよな?」と言って、ある作家の作品群をメタクソに批判した。

 朱雀門出の場合それとも違っていて、途中まで中身はちゃんと詰まっているのだ。それを、たぶん意図的に最後まで書かずに(なぜならその方が怖いから)ぶった切っていて、狙ってやってんのかな? すげえな、と思う。

 

 怪談本に対するひとつの褒め言葉として、「不穏過ぎて手元に置いておきたくない」というものがある。

 『第三脳釘怪談』がまさにそうで、非常に暗くてつかみどころがない。

 電子書籍なので物としては残らないわけだが、それがかえって気味が悪く、たまたま道でUSBメモリを拾ったら、中にわけのわからない物語がぎっしり詰まっていたという感じで、後悔を誘うぐらい禍々しい。とてもよい。

 

 第23回はこれでおわり。次回は、『東京伝説―忌まわしき街の怖い話』を紹介します。以上、よろしくお願いいたします

 

第三脳釘怪談

第三脳釘怪談